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最近、ストーカー被害に悩まされている。

数週間前から仕事が多忙を極め、終電近い電車で帰るのが当たり前になった。

その、最寄り駅から家までの帰り道で、誰かにつけられているような気配を感じるのだ。

最初の頃は気のせいだろうと思っていた。

この年になって、しかも男でストーカーされるなんて有り得ない。

疲れているし、きっと気が立っているだけだろう。

…ずっとそう思うようにしていたのだが、いい加減、無視できる範囲を越えてきた。

歩みを早めれば向こうの足音も早くなり、止まってみれば向こうもぴたりと止まる。

今のところ、家までつけられる以外の嫌がらせは受けていないが、いつ行為がエスカレートするかも分からない。

やはり、早いうちに警察に相談した方がいいだろうか。

それとも、警察はこれしきのことでは取り合ってくれないんだろうか。





「……という話をトシから聞いてだな、」

「土方さん、まだストーカーされてるんですか?」


深刻そうに眉間に皺を寄せる近藤を、沖田はじっと見守る。

土方のストーカー被害のことは、前にも近藤から聞いたことがあった。

当時はまだつけられることはなく執拗な視線を感じる程度のものだったので、土方も大して気にしていない様子らしかったが、沖田はそれを聞いて、土方にもしものことがあってはたまらないと、密かに土方の護衛を始めていた。

土方は毎日帰りが遅い上、早く帰れるからと裏道ばかりを通るので、その道を全てチェックして、土方が家に入るまでしっかり見届ける。

そんなことをもう数週間続けていた。


「トシなら剣道をやっているわけだし、いざとなれば護身はいくらでもできると思うんだよ。だが、さすがに木刀を会社に持参するわけにはいかんし、ましてやストーカーさんが銃刀の類を出してきたら、素手では到底太刀打ちできんだろうからなぁ」

「土方さんてば、あの顔で自覚が足りてないから困るんですよ」

「しかし心配だな。俺は毎日トシのことを思うと夜も眠れんよ」

「近藤さん………」


近藤を不眠症にするなど、ストーカーめ許せないと沖田は思った。

これは確実に、護衛を強化する必要があるだろう。

これからは会社から家まで土方を護衛することにしようと、沖田は密かに決心した。





近藤と別れてから真っ直ぐ土方の会社があるオフィス街へと向かい、エントランスが見える24時間営業のカフェで時間を潰す。

日付が変わる頃になってようやく退社した土方を追いかける形で電車に乗り、不安そうに辺りをキョロキョロと見回す彼を、同じ車両の中で必死に見守った。

痴漢はいないか、スリに遭いそうになっていないか、――チェックポイントは山ほどある。

土方は最寄り駅に着くと、自販機で煙草を買って、喫煙スペースで一服してから帰路に就いた。

きっと、心を落ち着けたかったのだろう。

大丈夫、僕が見守っててあげるから。

沖田は心の中で呟いた。

それから足早に家へと向かう土方の後ろを、少し離れてついて行く。

今のところ、怪しい人物はいない。

ただ、土方がたまに立ち止まるので、その度に何かおかしなことでもあったのかと、沖田は同じように立ち止まって辺りを注意深く見回した。

そんなことを繰り返しながら、ようやく家に到着する。

土方の部屋に明かりが点くのを見届けてから、沖田も家路についた。



次の日も、土方は駅で一服してから家に帰った。

その次の日も、そのまた次の日も。

ストーカーが相当なストレスなのだろう。

可哀想に、と沖田は思った。

今のところ、ストーカーは全く尻尾を掴ませてくれないが、いずれは自分が捕まえて土方の心労をなくしてあげるんだから。

沖田の決意に揺るぎはない。

だが、あんなに煙草を吸ってばかりいたら、体に良くないのではないだろうか。

毎日帰宅も遅くて疲れているだろうし、土方が体を壊してしまったら大変だ。

沖田は土方の体が心底心配になって、煙草を控えるよう忠告してあげようと思い立った。

が、土方のことは近藤を通して知っているだけなので、電話番号もメールアドレスも知らない。

困った末、沖田は古典的に手紙を投函することにした。

煙草の吸いすぎは体によくないと簡単な文を書き、ある日の護衛が終わった後で、直接土方の部屋のポストに入れてから帰った。





数日後、沖田は再び近藤と会っていた。


「どうもな、最近ストーカーの行為がエスカレートしたらしい」

「えっ!?」

「トシが愛煙家なのを知っていて、煙草を止めないと死ぬぞ、なんていう気味の悪い脅迫文を届けてきたらしい」

「脅迫文!?」


沖田は顔面蒼白になった。

自分が護衛についていながら、何という失態だろう。

ストーカーの姿すら捉えられていないというのに、脅迫文を送りつけることまで許してしまったのだ。


「しかもな、気味の悪い視線を帰りの電車の中でまで感じるようになったとか言っていたんだ」

「電車の中でも!?」


沖田は自分の不甲斐なさを嘆いた。

これはもう、最終手段に出るしかないかもしれない。

沖田は近藤と別れると、真っ直ぐに土方のオフィスに向かった。

エントランスから中に入り、広いロビーで受付嬢に「土方の知り合いなのだが内線を繋いでくれないか」と頼み込むと、あっさりと許可してくれた。

これでは余りにも不用心すぎるのではないだろうか。

もしもストーカーが会社に乗り込んで来たりしたら…と考えて沖田はブルッと身震いした。


『はい、こちら企画部の土方です』

『もしもし土方さん?』

『―――誰だ』

『やだなぁ。忘れちゃったんですか?僕ですよ僕、あのね、土方さんは心配しなくて大丈夫ですよ、土方さんのことは僕がちゃんと守ってあげますか』

ガチャン!

プー、プー、プー………

「あんれ、切れちゃった……」


きっとストーカーのことで気が立っているのだろうと、沖田は益々土方が心配になった。




*maetoptsugi#




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