ある日、突然来客があった。
そんなこと微塵も知らされてなかった僕は、帰ってすぐ土方さんの足にじゃれついて、半ば振り落とされるように、玄関の隅に転がった。
「………?」
どうしたんだろ、土方さん。
余裕がないっていうか、ソワソワしてる。
呆気に取られて、土方さんが消えていった方を眺めていたら、不意に頭上で声がした。
「お邪魔しまーす……」
僕はギョッとして上を向いた。
そこで初めて、今日はお客さんが来る日だったんだと知った。
そこには、土方さんよりも左之よりも新八よりもずっと若い男の子が立っていた。
誰だこいつ。
僕は敵意剥き出しの目でそいつを見上げた。
「……………」
そいつは、僕のことを暫くじーっと眺めていた。
それから、リビングに向かって、
「土方せんせー!ここに毛玉が落ちてますけど、捨てますか!?」
なんて言ってのけた。
なんて失礼な!!なんだこいつ!!
斬ってやる!!
「しゃー!!」
僕は全身全霊で毛を逆立てた。
その体勢のままウーウー唸っていると、スリッパを片手に土方さんが戻ってきた。
「なに言ってんだよ、そいつはどっからどう見ても猫だろうが」
言いながら、これを履けと男の子にスリッパを差し出す。
「えー、先生猫なんて飼ってたんだ。えー、意外」
スリッパを履いた男の子は、嫌がる僕には構わず、僕のことを抱き上げた。
「こんにちは、にゃんこ」
「にゃー」
僕はにゃんこじゃなくて総司だもん。
睨み付けると、
「いいなー、君はいつも土方先生の傍にいるんでしょ?ズルい」
小声でそう言って、指で額を思い切りつつかれた。
な、な、急になんなのこいつ。
こいつ土方さんのこと好きなの?
ダメダメダメ、土方さんは僕のだから!
僕はすたすた歩いて行ってしまう男の子の後を必死で追いかけて、リビングの土方さんのところへ駆け寄った。
「先生、このブサイクな猫、一体どうしたんですか?」
ぶ、ぶさいく!!?
左之や新八は可愛いって言ってくれたのに!?
「あー……拾った」
はいはい、それで意外って言われて死にそうだったから仕方ねぇだろ!って言い返すこの前のパターンなんでしょ、どうせ。
いろいろ面白くなくて、僕はフローリングにガリガリと爪を立てた。
いつも叱られるけど、僕だって怒ってるんだから。
「ふーん……」
やさぐれていると、再び男の子に抱き上げられた。
意外に優しい手つきでびっくりする。
「いいなぁ猫拾うとか。どうせなら僕のところにくればよかったのに。ねー、にゃんこ」
「にゃ……?!」
完全に予想外の言葉にびっくりする。
この男の子の思考回路はちょっとおかしいのかな。
僕のことぶさいくって言ったりほしがったり。変な奴。
「土方先生ちゃんとお世話してくれてる?仕事仕事ってほったらかしたりしない?」
「そんなに俺をこきおろしてぇか?」
「あっはっは。ムキになっちゃってー。てことは図星ってことですね」
「ちげーよ!世話ならしっかりしてやってるよ!な?総司」
「はい?」「にゃ?」
僕たちは同時に返事をして、それからハッと顔を見合わせた。
―――――こいつ、総司だ!!!!!!
僕の驚きようは半端じゃなかった。
多分、尻尾が千切れたのとおんなじくらいびっくりした。
人間の、総司だ!
土方さん、とうとう人間の総司を見つけたんだ!
「ちょっと、今の何?先生どういうことですか?まさかこの猫に僕の名前つけてるとか言わないですよね?」
「あ、当たり前だろ!今のはこいつが気まぐれで鳴いただけで、」
「にゃ!?」
「べ、べ、別に、こいつが、そ、総司って名前なわけじゃねぇよ」
「あーよかったー。さすがにそこまでの変態ではないんですね」
なになに!ちょっと!聞き捨てならない言葉が聞こえてきたんだけど!
土方さん、猫に口なしだと思って、僕を隠れ蓑に言い訳してる!
ムカつくムカつくムカつく!!
今度は土方さんに向かって突進だ!
…と思って走り出そうとしたら、不意に体を掬われた。
抵抗虚しく総司の顔の前まで持ち上げられ、にっこりと微笑まれる。
…いや、微笑みの裏側に悪魔が見える!
「じゃあ、君の名前を教えてもらってもいいかな?」
「!?」
僕は総司の意図を理解した。
多分、総司は土方さんの言葉を全く信用してないんだ。
それで僕に直接聞く作戦で………って、こいつなかなかやるじゃないか。
僕はチラリと土方さんを見た。
土方さんは蒼白な顔をして、"別の名前のふりをしろ"と必死で僕に訴えていた。
けど、僕は土方さんに、僕をないがしろにした仕返しをしなくちゃいけない。
「君、ほんとに総司くんじゃないの?ほんとは総司くんって言うんじゃない?」
「みゃー!!」
「ちょ、おまっ……!」
「やっぱり!!君の名前は総司なんでしょ?」
「みゃああ!」
僕は元気良く答えた。
総司は満足そうに頭を撫でてくれた。
土方さんは、がっくりとうなだれてフローリングに膝をついた。
恨めしそうな顔を向けられたけど、僕知らないもんね。
「さてと。どういうことか説明してもらわないといけませんね、土方せ・ん・せ」
「あのな、これはだな、」
「嘘は吐いちゃいけませんって、いつも教えてるのは誰でしたっけ?」
「そ、総、司…」
「何ですか?」「にゃー?」
「うぅっ……」
再びハモった僕たちは、すっかり窮鼠と化した土方さんを見て、こっそり総司同盟を結んだのだった。
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