bookシリーズ | ナノ


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気付いたら、僕は施設の自分の部屋の、スプリングがギシギシうるさいベッドに横たわって、剥き出しの白い天井を眺めていた。

そう。僕は施設に逆戻りってわけ。

捨て猫からほんのちょっとだけ飼い猫になって、それからまたペットショップの猫に戻った、ってところかな。

現れるわけのない飼い主…ていうか里親を待って、いい子ぶりっこをする毎日。

まあ僕は媚びを売ったりしないから、こうして売れ残ってるわけだけど。

施設の人にはこっぴどく叱られた。

何しろ、逃げちゃいけないっていうのが鉄則だから。

それはもう、叱られるなんていうもんじゃなかった。

ここ何日か、お前のことをどれだけ探したと思ってる、今まで15年間も世話をしてやったのに、恩を仇で返す気か云々。

そんなに高校に行きたいなら、足長募金でも募ってやったのに云々。

嫌でもあんたをまた預からなきゃいけないこちらの気持ちも少しは考えてくれ、だってさ。

人格も何もかも否定され、嫌悪感剥き出しの顔で睨まれた。

言ってることが違いすぎて、怒りも湧いてこなかった。

悲しくもなんともない。

嫌なのはこっちだっつーの。

僕だって好きで預かってもらってるワケじゃないんだけど。


土方さんはといえば、僕の隣でずっとそのやりとりを聞いていた。

きちんと叱ってるところを見せつけようと、施設の人が態と土方さんを引き止めたんだ。

施設の人は阿諛するような口調で、土方さんに謝ったり、感謝の言葉を述べたりしていた。

全く、白々しいにもほどがある。

その間、土方さんは無表情で突っ立っていた。

ほんと、能面も土方さんを見習った方がいいんじゃないかっていうぐらい、全くの無表情。

愛想笑いもしなければ、困った顔もしなかった。

ふん。ちょっとは僕を施設に連れ戻したことを後悔すればいいんだ。

可哀想な総司くん、ぐらいに思うべきなんだよ。

土方さんの好きな言葉で言うなら、それこそ"責任"を感じるべき。

それから僕は、恨みを籠めた笑顔で土方さんにさよならを言った。

丁寧に、お世話になりましたって、きちんとお礼も言った。

それから、元の部屋に押し込められた。

元の仲間たちが、興味津々に僕を見ては何か囁いていたが、僕が身の凍るような笑顔を投げてあげたら静かになった。

あーあ。何もかもが元通り。

何かが変わったとするなら、絶望がちょっとだけ増えたかな。

何もする気になれなくて、僕は所謂"ふて寝"をした。











「沖田、沖田!起きろ」


肩を揺さぶられて、ほんの一瞬だけ、土方さんかと思った。

でも、施設の人が僕を起こしにきただけだった。

窓の外を見ると、痛いほどに赤い夕日が浮いている。


「っ何ですか。夕飯ならいらないですけど」

「違う。お前に面会者だ」

「……はぁ?」


何だ?面会者って。

服役中の人みたいに言わないでよね。

僕はブスッとしたまま、施設の人についてロビーまで歩いていった。


「………何で貴方がいるんですか」


僕に面会を求めた物好きは、なんとまあ嬉しいことに土方さんだった。

まぁ、面会者と聞いた時点で、何となく予想はしてたけど。


「お前がふてくされてんじゃねえかと思って、見に来てやったんだよ」

「っ…余計すぎるお世話です。土方さんには、もう全く関係ないでしょ」

「その様子じゃ、元気みてえだな」

「………そう見えるならそれでいいですよ、もう」


全然元気じゃない!と否定するのももう疲れた。


「用がないなら帰ってくださいよ。さようなら。またどこかで会わないことを祈ってます」


施設に戻された今、土方さんが自由に見えて仕方がなかった。

同じ場所に立って同じ空気を吸っているのに、僕と土方さんの間には薄くて透明だけど頑丈すぎる壁があって、それで僕らの世界を両断しているような感じ。

僕に、本当の意味での自由なんてない。

そう思ったらやたら惨めになってきて、一刻も早く土方さんから離れたかった。

あの時、ほんのちょっとだけ、このまま土方さんちに置いてくれないかな、なんていう甘い期待を抱いてしまったから、その打ち砕かれた期待の破片が、胸に突き刺さってちくちくする。

だから、僕はもう土方さんを見たくないし、思い出したくもない。


「はっ…とんだご挨拶だな。そんなに俺のことを恨んでるのか?」

「当たり前でしょ。土方さんがしたことは、人間としてどうなの?って感じですから」


じゃあ、今度こそさよなら。

僕は、頭が痛くなるほど後ろ髪を引かれながらも、土方さんに背を向けた。

もうこれ以上、僕に関わらないでほしい。

僕をかき乱さないでよ。





けど、土方さんはそれからちょくちょく僕に面会しにやってきた。

そのたびに僕は牙をむいて土方さんに突っかかった。

そんなに僕のことが気になるなら、何で施設に連れ戻したんですか、とか。

ペットを買う気のないお客様は早くお帰りください、とか。

酷いことをたくさん言ったのに、次の日には懲りずにまた来る土方さんは、何だかちょっといい人に思えた。

それで、土方さんと顔を突き合わせるのが、次第に僕の日課になっていった。











それは、ある日突然起こった。

僕が連れ戻されてから更に数週間が経過した日、僕が気だるく学校から帰ってくると、施設の人が妙にそわそわしていた。

何かあったんですかと聞くのも癪だから、僕は素知らぬ振りをして自分の部屋に行こうとした。

そしたら、呼び止められた。


「沖田、急いで荷物をまとめなさい」


は?とうとう僕は、施設すらも追い出されることになったわけ?


「お前の里親が決まった、」

「へ?」


思わず変な声が出た。

この歳になって?

一体誰が……って、一人しか思い浮かばないけど。


「こちらとしても信じられないが、本当だ。お前を養子にしたいらしい」


疑心暗鬼な目で言われて、僕は吃驚することも、嘘だと一刀両断することも、手放しに喜ぶこともできなかった。

とりあえず言われるがまま、施設の人についていくと、応接室でその人は待っていた。


「土方、さん……………」


僕は確かめるように、その名前を読んだ。


「どうだ、吃驚したか?」


したり顔で言われて、何も言い返すことができない。


「なん、で………」


辛うじてそれだけ言うと、土方さんが苦笑した。


「言っただろ?俺は困ってる奴はほっとけねえ質なんだよ」

「っそんなの………」


そんなの理由になってないよ。

だって、里親になるのってすっごく大変で、親としての適性検査とか、他にも色々な審査を受けたり、収入とか家庭環境とか、ある一定の基準を満たしていないと駄目だったりするんだよ?

土方さんなんて、年相応じゃないとか、独身だとか、そういうしがらみが山ほどありそうなのに……


「、何で?何で親に…なれたの?」

「んなもん、どうにかなるんだよ」


土方さん曰わく、僕にしょっちゅう面会していたのも、全てはこのためだったらしい。

詳しい経緯は全く知らないけど、土方さんが言うと、本当にどうにかなったんだろうという気がしてしまう。


「でも……僕なんか……」

「ったく、お前は自分を卑下しすぎだ。俺は、お前を拾ったあの時から、俺がお前の面倒を見るって決めてた」

「っじゃあなんで!?なんで僕を突き返したの??!」

「そりゃお前…あのまま引き取ってたら、軽く警察沙汰だろうが。けど、正規の手続きさえ踏んじまえば、誰も文句は言えなくなるだろ?」


当然のように言い放つ土方さんを、僕は呆気にとられて眺めた。

本当に…土方さんらしいというか……こうも隙がなく、綿密な計画を立てていたなんて………気がつきもしなかった。

不覚にも、目が潤んでしまう。


「でも……何で僕なの?」

「それは……よくわからねえけど、俺はどうもお前のことを放っておけねえらしい。初めて会ったあの時だって、思わず声をかけちまったくらいだし」


土方さんが、困ったように目をそらした。


「ほんとに?……ほんとに僕を引き取ってくれる…の?」

「ああ。俺はそのつもりだ」

「…嘘じゃない?また僕を突き返したり、しない?」

「しねえよ。大体端からその気はなかったって言ってんだろ」

「……ほんと?…ほんとに、僕でいいの?」

「俺は、お前がいい」

「二度と、捨てたりしない?」

「誰が捨てるかよ」

「ずっと、……ずっと、一緒?」

「あのな、後はお前の承諾だけなんだよ。さっさと承諾してくれ」


僕は、ちらりと施設の人を見た。

遠慮がちに傍に控えていたその人は、困ったような嬉しいような、実に神妙な顔つきで僕に頷いた。


「っ僕、土方さんと一緒に行く!」


僕は思わず土方さんに飛びついた。

土方さんは驚いたように、けれどしっかりと受け止めてくれた。


「交渉成立だな」


こうして土方さんは、拾った時と同じように、実に簡単に僕を家族にしてしまった。

そして僕は、今度こそ正真正銘の"飼い猫"になれたんだ。


僕の名前は土方総司。

今日から、れっきとした土方さんの家族になります。



2011.07.25




*maetoptsugi#




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