bookシリーズ | ナノ


[3/10]



斯くして僕は、その人の家に連れて行ってもらったわけだけど。

まず、マンションの高層階にあるその人の家は、一人暮らしにしては贅沢な広さだった。

羽振りの良い職なんだろうと思う。

それからその人は、僕をお風呂に入らせてくれて、ちょっとぶかぶかの新しい服もくれて、温かい食事も食べさせてくれた。

僕は、満腹中枢が悲鳴を上げるまで食べた。

色々聞きたいことがあったけど、まずは空腹を満たすことに専念。

その人はテーブルの向こう側に座って、僕が食べているのをずっと眺めていた。

どうせ行儀が悪いとか、そういうことを思ったんだろう。


「ねえ。名前、何て読むの?」


食べ終わって最初に聞いたのはそれだった。


「は…?」

「さっき表札見たんだけど。土に方で、何て読むの?」

「あぁ…ひじかた、だ」

「ひじかた、さん?」

「うん」

「ね、土方さんは、何で僕を拾ったの?」


そこからは質問責め。


「拾ったって、猫みたいに言うなよ」

「だって実際同じようなもんじゃないですか。ね、何で?」

「…さっき言っただろ。困ってる奴はほっとけねえだけだって」

「それだけで人間なんか拾うかなぁ…どこの馬の骨ともわからないのに」

「だって、お前まだ餓鬼じゃねえか」

「だからって…随分不用心な人ですね」

「それを言うなら、お前の方が不用心だろうが。のこのこついて来やがって。もし俺が誘拐犯とかだったらどうするつもりだったんだよ」


あ、土方さんにもそういう自覚はあったんだ。


「いや…別に僕は困らないですから。現にこうして空腹は満たされましたし。僕よりも、お人好しすぎる土方さんがアブナいです」

「っ仕方ねえだろ?終電終わってるし、家に帰す訳にいかなかったんだから」


あれ、まだそんなこと思ってたんだ。


「あの、聞いてなかったんですか?僕、帰るとこないって言いましたよね?」


すると、土方さんからは意外な回答。


「聞いてたよ。どうせ親と喧嘩して家出でもしたんだろ?今日はもう無理だが、明日にはちゃんと帰れよ?何なら送っていってやってもいいから」


よくあることだ、とでも言い出しそうな様子で、土方さんは僕を見た。

はぁ。そういうことだったのか。

この人は僕を、思春期真っ最中のグレた家出少年だと思ってたのか。

あんなの僕の親じゃない、僕には親なんていません!とでも言うと思ったわけ?

なら、放っておけないとか言うのも納得がいくし、何で家に連れてきたのかも理解できる。

土方さんの目には、僕は家出途中に雨に降られた運の悪い少年、くらいに映ってるんだろう。

要するに、一晩だけならここにいてもいいから、明日になったらきちんと家に帰って、親と仲直りしろ、ってことなんでしょ?

で、僕が"帰るところはない"って言ったのも、家はあるけど帰りたくないって意味だと思ってるんでしょ?

ダメだこりゃ。


「つーか、何であんなとこにいたんだよ。ネカフェでもマンガ喫茶でも、24時間やってるとこに入りゃよかったじゃねえか」


僕は思わずクスリと笑った。


「何だよ。何が面白れえんだ?」

「だって、僕お金持ってないし。それくらい察してくださいよ」

「っおめ、金も持たずに家出したのか?…携帯は?」

「…持ってないけど」

「マジかよ……じゃ親に連絡すらしてねえってことか?…お前なぁ、家出にも一応作法ってもんがあんだよ」


さっきから家出家出って、うるさいんだけど。


「今頃親心配してるぞ?……やっぱ迎えに来てもらうか……」


勝手に話を進める土方さんに、無性に苛々した。

どれだけ僕の心を傷つけてるか、この人絶対自覚してない。


「おい…あっと、お前何て言うんだ?」


土方さんが、椅子から立ち上がりながら言った。


「…はい?」

「お前の名前だよ」

「あぁ……沖田総司です」

「沖田、か。家に電話してやるから、番号教えろ」


僕は深々と溜め息をついた。


「だから、そんなもんありませんってば」

「あ?」

「何回言えば分かるんですか?僕に家なんてないって」

「…沖田、何があったか知らねえが、お前どんだけ反抗すりゃあ気が済むんだ。とっとと番号言えよ」

「だからっ!」


思わず涙が飛び散った。


「僕、家出したんじゃありませんっ!」


土方さんは、怪訝そうな顔をした。


「そりゃあどういう意味だ?」


電話の子機に伸ばしかけた手を止め、僕の方へ振り返る。


「僕は……脱走したんです………施設から」

「施設、だと?」

「はい…ほら、あるでしょ?この近くに。孤児院、」


土方さんが表情を険しくした。


「嘘吐くんじゃねえよ…そんなの調べりゃ…」

「嘘じゃない!僕は、僕は……親の顔も知らないんだから…」


思わず零れた涙に、土方さんが八の字を寄せる。


「…本当、なのか?」

「っ…こんなろくでもない嘘、吐きませんよ……僕は、生まれてからずっと一人ぼっちなんです…」


重たい空気が立ちこめ、土方さんと僕の間に沈黙が横たわった。


「あの…僕……帰ります。何も関係のない土方さんに迷惑かけちゃうだけだし」


僕は自分に鞭打って、重たい腰を上げた。

そう。冷静に考えたら、僕、めちゃくちゃ馬鹿げたことをしてるんだよね。

施設の人が僕を探し出した時、迷惑を被るのは土方さんだ。


「っおい、沖田!待てよ」


土方さんが慌てているのを制して、僕はにっこり笑った。


「僕なら、心配しなくても大丈夫ですから……あ、ご飯ご馳走様でした。ほんと感謝してます」


そう言って、僕は玄関に向かおうとした。

さて、これからどうしようか。

深夜だし、やっぱり公園にでも行くのが手っ取り早いかな……?

そんなことを考えて、必死で泣くまいと努力していた僕は、土方さんに腕を掴まれて大袈裟に身体を震わせてしまった。


「待てって言ったのが聞こえなかったのか?」


ひょっとしなくても……これは…少し、怒ってるのかな……?


「聞こえたけど待たないんです」


そうしたら肩を押されて、僕はまた椅子の上に逆戻り。


「なぁ、沖田。俺にはな、お前を拾っちまった以上、少なくとも明日までは面倒を見る、っていう義務があるんだよ」

「どうしてですか?」


何だ?この人。

自分で自分にありもしない義務を課してるよ。変な人。


「どうしてもだ。大体、未成年者がこんな時間外をふらついてたら、未成年者法に引っかかるんだよ」


だからこれは義務なんだと、土方さんは断言した。


「ていうかお前一体いくつだ?」

「…14、ですけど」

「14だぁ?……じゃまだ中学生じゃねえかよ」


土方さんが呆れかえったように僕を見る。


「まぁ今はそれに関しては追求しねぇけど………けどな、俺がお前を一晩拘束するのが義務なら、お前があそこにいることになった経緯を知るのは、俺の権利だ」


僕が逃げないように肩を抑えながら、土方さんは言い放った。

もう。そんなことしなくても逃げないから!

肩の手が鬱陶しいんだけど。

それに、


「何ですか?その義務だの権利だのって。難しくてわかんないです」


僕は土方さんを睨みあげる。

中途半端な優しさなんていらない。

僕を拾うにしろ追い出すにしろ、どうせ僕をどうにかできるわけじゃないんだから、早いとこ解放してほしいんだけど。

……今までの身勝手ぶりは、この際全部許してあげるから。

土方さんは途方に暮れたように僕を見下ろしていた。

重苦しい沈黙の末土方さんが漏らしたのは、意外すぎる一言。


「……まぁいい。今日はもうとりあえず寝ろ」

「え?」


土方さんの唐突な言葉に、僕は混乱する。

さっきまで難しい話をしていたかと思ったら、いきなり寝ろって……それってどうなの?


「どうせろくに寝てなくて、疲れてんだろ?」

「まぁ、そうですけど、」

「話は明日じっくり聞かせてもらうから、一晩くらいゆっくり寝ろよ。じゃなきゃ何も始まらねえだろ」


土方さんの言葉は、僕にとっては甘い誘惑すぎた。

だって、久しぶりにふかふかのベッドだもん。


「でも、いいんですか?」

「今更遠慮するなよ。飯だって散々食っただろうが」

「ありがと…ございます…」


とうとう折れてしまった。

土方さんって強引だし、人の気持ちなんて全く考えてなさそうなところがあるけど、それでも言っていることだけは正論なんだよね。

それはもう正しすぎて、鼻につくくらい。


「…ついて来な」


僕は、土方さんに案内されるがまま、寝室に行った。


「そこで寝ろ」


土方さんがベッドを指さす。


「え…でも……土方さんは…?」

「俺はソファで充分だ」

「………でも…」

「つべこべ言わずに早く寝ろ」

「……はい」


そうして、僕はふっかふかのベッドを手に入れた。

おずおずと潜り込んでみたら、すっごく気持ちよかった。

そうしたら、途端に疲れがどっと溢れてきて、僕はすぐに意識を手放した。




*maetoptsugi#




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -