bookシリーズ | ナノ


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僕は人間の男の子。

名前は沖田総司っていうんだ。

どこで生まれたか……ってそりゃあ、日本のどこかの沖田家で生まれたんだろうけど、てんで検討はつかない。

後から聞いたことだけど、僕は赤ん坊の時に、名前と血液型と、たった一言「この子をよろしくお願いします」と書かれたカードと共に、施設の前に捨てられていたらしい。

ご丁寧に名前をつけ、血液型まで調べたにも関わらず子供を捨てるなんてどんな親だよ、と当時話題になったんだってさ。

とにかく、僕は物心ついた時には既に施設で暮らしていて、仲間と喧嘩したりしながら、それなりに上手く成長した。


で、中学二年生の三学期が終わってすぐ、施設を脱走した。

どうしても高校に進学したかったのに、施設の大人たちがそれを許さなかったからだ。

進学資金もないし、早く就職してお金を稼いで、一人で自立して生きていけるようになりなさい、それが総司くんのためなんだよとか何とか。

実にもっともらしい建て前を並べ立てていたけれど、本音は財政難の施設から、18歳になる前でも、一人でも多くの"厄介者"を追い出したかったってところかな。

僕は生意気だし可愛くないから、とうとうこの年になるまで里親も現れなかったし、施設にとってはとんだ厄介者だ。

年々増えていく捨て子を、施設も対処しきれなくなっていたんだと思うし、そうなると、手始めに追い出されるのは年配者、ってわけ。

だけど、僕はどうしても高校に行きたかった。

学校で友達を沢山作りたかったし、この先自立して生きていくためには尚更、学歴があった方がいい。

だから、施設を脱走した。

ある意味ストライキってやつだ。

そのうち連れ戻されることになるのは目に見えてるけど、暫く脱走すれば僕の強い思いを理解してもらえるんじゃないかって。

中学生の足りない頭で考えた。

兎に角僕は高校に行きたかったんだ。


で、それから。

僕は、言葉では言い尽くせないほどの苦労や地獄を味わった。

その時は3月の下旬だったから、春の到来はもうちょっと先の話で、日々肌寒さが身にしみた。

取り敢えずバイト先を探そうとしたんだけど、保護者も住所もないから、働くことすらできなかった。

図書館に言って勉強はしたけど、腹が減っては戦は出来ぬってやつで、始終ひもじさとの格闘で。

世の中そんなに甘くなかったなって思った。

僕は、脱走してからたったの3日で、ぐうの音を上げた。

たまにパン屋さんが無料で提供してくれるパンの耳とか、コンビニの裏で拾える賞味期限切れのおにぎりなんかで命を繋いで、でもどうしていいのかわからなくて、ぼけーっと空を見上げているのが常だった。

あんまり汚い格好じゃ図書館にも行けないし、公園の遊具とか、空き家の軒下なんかで雨風を凌いだ。



そんな三日目の夕暮れ時。

今日はどこで夜を明かそうかとふらふら街をさ迷っていると、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。


「あ………」


最初は遠慮がちだった雨粒は、次第に大きく激しくなって、やがてはバケツをひっくり返したようなザーザー降りになった。

町ゆく人は皆小走りに、コートの合わせをしっかり閉じ、傘を斜めにさして家路を急ぐ。

ラッシュアワーに差し掛かれば、駅の方から押し寄せる人の波が、今日の終わりを告げるようで、何だか少し物悲しかった。

傘もささず、宛てもなくとぼとぼと大通り歩く僕に、人々は奇異なものを見るかのような、無遠慮な視線を注いでいった。

でも、周囲の視線なんて気にならなかった。

とにかく、寒くて凍えそうだったから。

濡れそぼってすっかり変色した紺のダッフルコートが、なけなしの風除けくらいにはなってくれてたけど、その下に着ている中学校のセーターもシャツも濡れてぴったりと肌に張り付いている所為で、この上なく気持ちが悪い。

僕は仕方なく、シャッターの降りた何かの店の前にしゃがみ込んだ。

往来を行き交う人は皆、ぎょっとしたように僕を見ては、避けるように通り過ぎていく。

僕は濡れてぐしょぐしょになった運動靴と靴下を脱ぐと、裸足を地面にそっと置いて、膝を抱きかかえるようにうずくまった。

屋根も何にもなくて、雨は容赦なく僕を穿っていたけど、もう歩いてどこかへ行く元気がなかったんだ。

自らの膝に顔を埋め、寒さから逃れるように、身体を両手でかき抱く。

まさに、濡れ鼠。

何を考えるわけでもなく、何かに嘆くわけでもなく、ただじっと、僕はそこに座っていた。











どのくらい時間が経っただろう。

顔を上げて駅前の時計台を見るのも億劫で、僕は身動き一つしなかった。

でも、人足が遠のき、喧騒が消えたということは、既に深夜なんだろう。

先ほどまでの豪雨は去って、今は申し訳なさそうにしとしとと小降りの雨が落ちてくるだけになっていた。

寒さが身にしみて、倒れたら僕は病院に行けるのかなとか、無意味なことを考える。

その時、一つの足音が僕の前で止まった。

そうでなくても既にまばらだった足音の中、次第に近づいてくるその足音は、少し前から気になってはいた。

警察かな、と思った。

やばい、補導されるかも。

思わずびくっと身をこわばらせると、雨粒がビニール傘を叩く音と共に、身体に雨が当たらなくなって、あれ、と思って顔を上げた。

そして、その人と目があった。


「お前、大丈夫か?」

「………え?」


ぱりっと糊のきいた、光沢あるスーツ。

暗闇に浮かぶ白い肌。

どこか疲労感の漂う、整いすぎた顔。

深い紫紺の両眼は、射抜くように僕を見下ろしていた。

誰だか知らないけど、格好いいなって思った。

そして、相当な物好き。

僕に声をかけるなんて、どうかしてるよ。


「そんなとこにいたら、風邪引くだろうが」

「ぇ、あ、あの……………」


彼は黙って傘をさしかけてくれた。


「どうしたんだよ」


なんだ…この人。

ほんと、お節介にもほどがある。

大体、どこの馬の骨ともわからない僕に声をかけて、どうしたのか、なんて聞くのは、相当頭がいかれてる変人くらいでしょ。

……それか犯罪者か。


「餓鬼は早く家に帰れ」


ああなんだ、そういうことか。

まるで子供を守ることが自分の使命だとでも言うかのように偉ぶってる、そういう大人なわけ。

そんなやつ…………嫌いだ。


「僕、帰る家ないんで」


世の中不条理なんだよって、教えてあげなきゃね。


「………」


その人は黙って僕を見下ろしていた。


「なら、うちに来るか」

「は?」


何この人。

今、うちに来いって言ったよ。

僕の頭ははてなでいっぱい。

わかってる?

捨て猫とはわけが違うんだけど。

人間ってのは、そんなに簡単に拾って帰れるようなものじゃないし、大体猫とは違って、素直にほいほいついてなんかいかないんだからね。

初対面の薄汚い奴を家まで連れて行こうとするなんて……やっぱり犯罪者?


「俺はこのままお前を放って立ち去れるほど冷酷な奴じゃねぇんだよ」


そう言って、びしょ濡れのコートごと、腕を掴まれた。

……やっぱり、変質者なのかもしれない。

でも僕は、彼に抗うことなんてできなかった。

…だって、死ぬほど嬉しかったんだもん。

寒いし、ひもじいし、まさかこんなお節介な人間が現れてくれるとは思ってもいなかったから……ほっとした。

僕は、なされるがままに同じ傘の中に入れてもらって、ぐしょぐしょの靴をつっかけて、その人についていった。


こうして、僕らの奇妙な同棲生活が始まった。

僕は捨て猫。

だけど今はもう、立派な飼い猫だ。



2011.07.02




*maetoptsugi#




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