bookシリーズ | ナノ


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沖田たっての希望で、ねずみがのさばる海へとやってきた。

沖田は直前まで王国と海とで迷っていたのだが、抱っこして歩くクマが欲しかったらしく、最終的に海に決定した。

沖田の休みは変則的だから、すいている平日を狙って前売りチケットを買い、早起きをして車を飛ばす。

沖田は事前に色々調べたらしく、ショーがよく見える特等席や、キャラクターとグリーティングできる場所、あちこちにこっそり潜んでいる隠れキャラクターなるものをあれこれ自慢気に話しては、始終ウキウキそわそわしていた。

例によって、友達と一緒に行かなくていいのかと尋ねたら、土方さんは友達じゃないのかと意外な切り返し方をされた。

これには非常に困った。

できれば友達ではなく更に深い関係に…なんて思っていることを、どうして口にできるだろうか。


「わー!ついたついた!」

「………平日だとだいぶすいてんな」

「みんな電車で来てるんじゃないですか?あ、でもツアーのバスとかも来てますね!」


まだ駐車場の段階だというのにはしゃぎまくる沖田を横目に、がら空きの駐車場に車をとめる。

ここに来るのは本当に久しぶりだ。

最後に来たのが大学の時だから…なんて土方が考えていると、さっさと車を降りた沖田が、ボンネットをバンバン叩いて催促してきた。


「土方さん早く!」

「分かったから!車を叩くな!」

「もー早く早く!僕ミッキーやミニーに会いたいんです!」

「ミニーにも?!」

「えー、可愛くないですか?あ、あとダッフィーにも会いたいです。それからドナルドと、グーフィーと、…」

「分かった分かった……って、ちょっと待て」


走り出しそうな勢いの沖田を辛うじて引き止め、チケットと一緒にストアで買っておいた、キャラクターの派手なサングラスをかけてやる。

もちろん沖田総司だとバレない為の苦肉の策なのだが、いつもながら変装を嫌がる沖田は、せっかく行くのに普通のサングラスは嫌だ、帽子なんてもってのほか!とのたまった。

おかげで、これならかけてあげてもいいですよ、とここ以外では全く使えないであろうサングラスを買わされる羽目になった。

中でも、耳付きの帽子を買う約束になっている。


「はい、土方さんも」


そう言って沖田に差し出されたのは、お揃いのサングラス。

別に俺までかける必要はないんだが…と土方は渋々それを受け取った。

どうせだからと、土方までお揃いのものを買わされたのだ。

土方さんがつけないなら僕もつけない、と言われてしまえば、土方に言えることは何もなかった。

赤地に白いドットが入った、いかにも、という柄のサングラス。

せめてミッキーにして欲しかったが、沖田にそんな文句は通用しない。

歎息しつつかけてやると、沖田は満足そうに歩き出した。


「カチューシャか帽子かまだ決めてないですけど、もちろん土方さんも同じの買ってくださいね」


極めつけに恐ろしく爽やかな笑顔でそう言われ、土方はこれはもう腹をくくるしかないと、冷や汗を拭うのだった。





中に入り、エントランスまで出てきているキャラクターたちと写真を取ってやり、キャストの人に頼んで、二人でもシャッターを切る。


「すごい!土方さんとここに来るなんて、何だか夢みたいだなー」


沖田の何気ない発言に、土方の心はさざ波立つ。

そういうことを言われると期待してしまうからやめてほしい。


「あ!見て見て!カチューシャ売ってますよ!」


早速と言わんばかりに沖田に腕を取られ、道端に出ているワゴンまで引きずられた。

幸いまだ誰にも沖田のことはバレていないが、早いうちに買ってしまった方がいいだろうと、沖田に甘んじて財布を用意する。


「………まさかそれにするんじゃねぇだろうな?」


真っ先にリボンとレースが付いたものを手に取った、沖田の嗜好がよく分からない。

焦って聞けば、冗談ですよと笑われた。


「お前なら、これなんか似合うんじゃねぇか?」


ついつい真剣になりながら、白い猫のカチューシャを差し出す。


「うーん………」


が、沖田はネズミも捨てがたいらしく、幾つも手にとって悩んでいる。

土方はそこでハッと、自分も同じものをつけなければならないという恐怖を思い出した。

猫耳など、羞恥でしかない。

一体誰が見て喜ぶと言うんだ。

土方は慌てて一番シンプルなものを選ぶと、それを沖田につけさせた。


「それにしろ」

「えー!つまんない!」

「俺も同じのつけなきゃならねぇんだろ?ならそれがいい」

「え、ほんとにつけてくれるんですか?」


途端にパッと顔を輝やかせた沖田に、どうやら墓穴を掘ったらしいと血の気が引く。


「つけなくていいのか?」

「えっ、やだやだ!せっかく来たんですから、つけてください!土方さんはこれでいいですから!」

「……………」


カチューシャなど死んでもつけたくないと思っていたが、沖田が何やら喜んでいるので仕方ないと覚悟する。

やがて気に入ったカチューシャをつけて、お目にかなうかと聞いてきた沖田に土方はOKを出し、二人はようやくワゴンを離れた。

男が二人して、ノリノリでサングラスにカチューシャまでつけて、これでは逆に悪目立ちしていないかと不安になったが、沖田は聞く耳など絶対に持たないだろう。


「…で、何に乗りてぇんだ?」

「うんと、…ポップコーン食べたいです」

「……………」


何に乗りたいかと聞いたのに食べたい物を答えてきた沖田に呆れつつ、甘辛地獄にはまりたいというご要望通り、ブラックペッパー味とキャラメル味を二つとも買ってやってから、土方はもう一度乗りたいアトラクションを聞く。


「一番近いからアレ」


そう言って沖田が指差したのは、てっぺんから一気に落ちる、ここでのお化け屋敷的役割も果たしているアトラクションだった。

沖田を喜ばせたいだけで、遊園地自体には大して興味がなく、全て沖田に任せていたため、土方は詳しいことを何も知らない。

それでもスタンバイ時間を見れば、人気のアトラクションだということはすぐに分かった。

列に並びながらポップコーンを食べていると、突然沖田がチケットを出せと要求してくる。


「僕、ファストパス取ってきます」

「ファストパス?何だそれ」

「早く乗れる券ですよ」


よく分からないが、沖田の好きにさせようと、チケットを差し出す。

そのまま列から出て行ってしまった沖田を見送りつつ、土方はぽりぽりとポップコーンを口に運んだ。


「ただいまー」


暫くして無事に列を掻き分け戻ってきた沖田からチケットとファストパスを受け取る。


「センター、オブ、ジアース?」

「……地球の真ん中ですよ?」

「そうじゃなくて、お前、あの火山のとこまで行ってきたのか?」

「はい。そうですけど?」


ケロリとして行ってのける沖田の体力が信じられない。

時間から考えて、走ったのではないだろうか。


「お前、絶叫系が好きなんだな」

「土方さんは嫌いなんですか?」

「いや……別に」

「あ!見て!あれ、ほら!雲がミッキーの形になってる!隠れミッキーだ!」


マイペースにはしゃぎまくる沖田を見て、楽しんでいるならいいと、走るんじゃないと叱りたかったのを我慢した。





知らなかったが、てっぺんで写真を取られたらしい。

外の景色が見えて、いい眺めだななんて思っていたら急に落ちた。

楽しそうに絶叫する沖田の横に座って落ちながら、今光ったのはフラッシュか?なんて考える。

乗り物から降りたところで、沖田にブーブー文句を言われた。


「土方さん!!何で!!?何でまったく叫ばないんですか!?怖くないの?!」

「いや………まぁ、その…あんまり叫ばねぇ人種なんだよ」

「そりゃあ僕だって土方さんがギャアギャア絶叫するとは思ってなかったけど!!それにしたってあんな真顔で涼しい顔して座ってるなんて!!!分かってます?!僕たち落ちてたんですよ?!」

「さすがに分かる」

「ちぇっ……ビビってる土方さん見たかったのに」


聞き捨てならない言葉が聞こえたが、仕方ない、聞き捨ててやろう。


「あっ!僕たち写ってるー!」


出来上がった写真が表示されているのを見て、沖田が指を差す。

それを見て、土方はギョッとした。


「おまっ!ちょ、何でサングラス外してんだよ!!」

「だってー、せっかく土方さんと写れるんですよ?」

「他にも人がいるだろうが!」


不安は的中し、傍に立っていた他の客たちがざわざわと騒ぎ出す。


「ねぇ、あれ沖田総司じゃない?」

「えっ!わ、総司くんだ!」

「きゃー!!あたしこの写真買うー!!」


同乗していなかった人たちまでが、一枚千円以上もする写真を購入し出す始末。

沖田の人気は本当に恐ろしい。

慌てて避難させたから、幸いにも本物に群がられることはなかったものの、沖田総司が園内に来ているということは、ネットなどを介して瞬く間に広まってしまった。


「ったく………次は外すなよ」


ため息混じりに土方が言うと、沖田はしゅんと俯いてしまう。


「仕方ねぇなぁ……外してもいいから、すぐに逃げるぞ」


渋々訂正すると、沖田の顔は一瞬のうちにパッと明るくなった。

何だかなーと思いつつ、次のアトラクションへと移動する。

移動がてら、お目当ての縫いぐるみを買ってやるために、専門のショップに立ち寄った。

中には茶色いクマの縫いぐるみが所狭しと並べられていて、小さなストラップから、子供より大きいようなものまで、豊富な品揃えだ。

次から次へとレジに収められていくお札を見ていると、ため息が出そうになった。


「へぇ……着せ替えまであんのか」


土方が陳列棚の前で驚いていると、沖田が隣でボソッと呟いた。


「僕、やっぱりクッキーにしようかな……」

「クッキー?」


見れば、沖田の手の中にはクマの顔を象ったクッキーの缶。


「何でだよ。縫いぐるみはやめるのか?」

「……だって…………」


目は全くそうは言っていないのに、何故かいらないと言う沖田を見て、土方はピンと来た。

クッキーの缶を取り上げると、一番大きな縫いぐるみが置いてある棚の前まで連れて行く。


「遠慮してねぇで、好きなの選べよ」

「でも…………」


要は、遠慮しているのだ。

チケットもサングラスもカチューシャもポップコーンも平気な顔をして買わせたくせに、何を今更と思う。

いや、逆にいい加減悪いと思ったのか。

それとも、最初から心苦しく思っていたのに、俺の勢いに圧されて言えなかったのか。

…………いつも恐ろしく遠慮がちな沖田のことだから、多分後者だろうと土方は思った。


どうせ使い道のない金なのだ。

沖田のおかげで儲かっているようなものだし、どうせなら沖田のために使いたい。

土方は、両手に抱えきれないほど大きな縫いぐるみを取ると、それを沖田に押し付けた。


「なっ…ちょっと!重っ!」

「買うなら、それにしとけ」

「や、無理!無理です!こんなの買ってもらうわけにはいかないですって!」

「俺が買うんだから、俺の言うことを聞け」

「やだもう…!僕は自分で小さいの買うつもりなんです!」

「何だよ、クッキーなんて言ってたくせに」


有無を言わさずに、土方は沖田ごとクマをレジまで連れて行く。

周囲から羨望の視線を浴びながら、無事に巨大なクマを手に入れると、店を出て強引に歩き出した。


「あー、危なかったな。あのまま騒いでたら、多分皆がお前に気付いてたぞ」


何人かが、沖田総司じゃないかと噂し始めていたことに、土方はしっかり気付いていた。

それもあって、さっさと店を出たかったのだ。


「だからってこれは!………さすがに悪いです………」

「いいんだよ。俺の金なんだから、どう使おうが俺の勝手だろ」

「そうじゃなくて…………もう……後でお金払いますから」

「ふざけるな」


皆が持っているのより一回りも二回りも大きな巨大クマと、サングラスと、カチューシャ。

これは確実に目立ってるなと思いつつ、そんなことを気にするのも馬鹿らしくなってきて、土方は次のアトラクションへと足を向けた。




*maetoptsugi#




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