book長 | ナノ


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咳が止まらない。

昨日の夜土方さんが帰ってから大泣きしたから、多分その所為。


喉が異常にひりひりする。

泣きすぎた所為か、頭も痛い。


先天性で、僕は喉があまり強くない。

もう完治したけど、小児喘息も患っていたくらいだ。


……まぁ、肺じゃないだけいいけど。

それに、今はもし結核になったとしても完治できるほど医学が発達しているしね。


「うぅ………声出ない」


窓の外を見たら、ザーザー降りの雨だった。

うわ、最悪。

なんか僕の心の中みたいだ。


僕は仕方なく、乾いた咳を繰り返しながらよたよたと傘をさして家を出た。

ちらりと見た時計は、既にお昼近かったような気がしなくもない。


でも、休まないだけ褒めてほしいよ。

だって、昨日の今日で会いたくないじゃないか。


あんなこと……輪廻転生を信じるかなんて、答えを言ったようなものだよね。

はは。僕としたことが。

どうして我慢できなかったんだろ。


「げほっ……ごほっ……」


あーあ。
風邪引いたかな。

あまりはっきりしない頭と、ちくちく痛む心を抱えて、学校に向かった。















最初は、遅刻しやがってと頭ごなしに叱ってやろうかと思っていた。

が、漸く姿を現したと思ったらごほごほと苦しそうな咳を繰り返す総司に、俺は何も言うことができなかった。


「具合悪いのか?」


職員室にやってきた総司に、マスクを渡してやりながら聞いた。


「風邪、引いたかも」


がらがら声で、総司が言う。


「風邪?」


昨日、俺が行った所為とは思えない。

そんなに長居はしなかったし、第一風邪を引きそうなことは何もしていない。


「ん。まぁ、ちょっと」


ちょっとって何だよと言おうとして、ハッと気がついた。

そういやコイツ、気管支がめちゃくちゃ弱かったような………


「熱は」


なんとなくぼぅっとしているように見える総司の額に手を伸ばした。

俺の手を避けようと身を捩った総司を、もう片方の手で押さえ込む。


「っ…熱いじゃねぇかよ」

「…気のせいですよ」

「馬鹿っ!何で来たんだよ!」

「だから気のせいですってば」

「寝てなきゃだめだろうが!帰れ」

「…相変わらず過保護なんだから」

「過保護って…」


何故か、初めて聞く気がしない言葉だった。

いつか、誰かに言われたっけか?


「まぁいい。欠席にはしないでおいてやるから帰れ」

「えぇ。折角来たのに?」


むくれてじとっと俺を睨む総司の顔は、熱の所為か少し赤い。

本当になんで来やがったんだ?

とんぼ帰りするなんて馬鹿みたいじゃねぇか。


「ほんと、何で来やがったんだよ」

「……だって、」

「ていうか一人で帰れるか?」

「それぐらい…できます」

「なら帰って寝ろ。で、土日で治せ」

「…どうしても帰れっていうなら、帰らないこともないです」

「ったく。いいから帰れ」


ふらふらと職員室を出て行く総司を、心底心配しながら見送った。



昨日から、総司の様子が変なままだ。

と言っても、今は具合が悪いんだから当たり前だが。


昨日の夜は、「輪廻転生を信じますか?」なんて聞いてきやがった。

突然の何の脈絡もない質問に、面食らったことこの上ない。

あの後帰ってからもずっと考えていたが意味はわからねぇままだ。


最初に総司に変なことを聞いたのは俺の方だから仕方ないのかもしれねえが、俺の知らない何かを、小出しにして教えようとするのはやめてほしい。

こっちから聞いてやっても、向こうは知らぬ存ぜずの一点張りで、意地になって突き放されているような気すらしてくる。


言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいじゃねぇかよ。

今更遠慮するような仲かってんだ。


それにしても、今までずっと忘れていたが、そういや総司のやつ、小さい頃はしょっちゅう風邪をこじらせて寝込んでたんだった。

ここ最近は風邪のかの字も出ないほど元気で、ただひたすらふてぶてしいだけだったから、すっかり忘れていた。


……そう思うと、夢に出てきたアイツが総司ってのも、あながち間違いじゃないのかもしれねえな…


刹那、ずきりと胸が痛んだ。


「?」


なんだ?この胸の痛みは。

咄嗟に嫌な予感がして、気がつくと、考えるより先に体が動いていた。

職員室を大慌てで飛び出して、階段を二段飛ばしに駆け降りる。


「総司っ!!!」


案の定、総司が階段の途中にうずくまって小さくなっていた。

肩で大きく息をしている


「総司、大丈夫かっ?!!」

「あれ………土方…さ…ん?」


慌てて駆け寄ると、朦朧とし、とろんとした目で俺を見上げてくる総司の体に腕を回した。

瞬間、また頭に浮かぶデジャヴを振り払い、総司を抱き起こす。


「何が一人で帰れる、だよ。馬鹿」

「え、?」

「いいからもっと寄りかかれ」

「うん?」


総司の右腕を肩にかけさせて、燃えるように熱いその体を支えて駐車場まで歩いて行った。


雨がザーザーと落ちてくる。

俺は総司が濡れないように、スーツを脱ぐと頭に被せてやった。

そのまま総司の肩ごと抱きかかえるようにして車に向かう。


「土方さ…ん……」

「ん?」

『僕たち、勝ったんですね?』

「は?」

「土方さん?」


急に声を荒げて立ち止まった俺を、不思議そうな総司の顔が見上げていた。


「どうか…しましたか?」

「あ…いや………」


少し、疲れているのかもしれねぇ。

今、確かに何か…聞こえた気がしたんだが。

きっと、気のせいだ。


「ちょっと待ってろよ?近藤さんに許可もらってくるからな」


車のキーを開け、総司を車の助手席に座らせると、俺は大急ぎで校舎に戻った。


今日、俺の午後の授業はない。

総司に迎えにきてくれる保護者はいねぇし、どうせなら自分の休養も兼ねて早引きしてしまおうと思った。


「近藤さんっ」


校長室に駆け込むと、ことのあらましを簡単に説明する。


「総司が?…ここ暫く元気だったのに」


近藤さんが心配そうに呟いた。


「アイツ、光さんが嫁いじまってから一人暮らししてるだろ?俺、今日はもう授業ねえし、後のことは副担任に任せて総司の看病をしに帰っちまってもいいか?」


仕事なら持ち帰ってでもできるから、と付け足しておく。


「あぁ……心配だしな…うん。そういうことなら、トシに任せるよ」


こういう時、近藤さんが昔からの友達でよかったと思う。


「なに、仕事のことは心配しなくていいさ。トシも働き詰めで疲れているだろうし、このまま帰って、土日もゆっくり休んでくれ」

「すまねえな。助かるよ」


近藤さんに礼を言って、素早く踵を返すと、走って駐車場まで戻った。



「総司!待たせたな」

「…ん………土方さん、仕事は?」

「抜けてきたんだよ」

「だめじゃないですか…サボったら…げほっ」

「サボってねえよ……いいから黙ってろ。咳が出るだろ」


半分意識が飛んでいるのか、胸で浅く息をしている総司にシートベルトをしてやってから、大急ぎでアクセルを踏んだ。

総司の家に向かおうかとも思ったが、昨日ちらりと見た様子では、食べ物もろくになかったし、俺の家へ連れて行ってしまった方が何かと便利だろうと考えた。


「この道……ひじかたさんち?」


朦朧としているはずなのに、うっすらと目を開けて総司が聞いてくる。


「よく覚えてるな」


最後に総司が家に来たのは、確か小学校の低学年の頃だったはずだ。


「姉さんの車で来たもん」


次の信号が右で、と説明し始める総司に大人しくしろと言えば、言っているそばから激しく咽せている。


「だから何も喋るなって言ってんだよ」


総司が咳き込むたびに、胸を締め付けるような恐怖がこみ上げてくるのは何故だろう?

心臓が縮みあがるような嫌な胸騒ぎがして、思わず耳を塞ぎたくなった。


「だって…病気の時って、無性に寂しくなるじゃないですか」


げほっ

ごほっ


「何でもいいから、話していたい気分なんですよ」

「言うこと聞けってんだよ」


『げほっ…ごほっ…!!』


不意に、目の前が赤く染まった気がした。


おかしい。

俺まで具合が悪くなったみてえだ。

さっきから幻聴が聞こえて仕方ねえ。




*maetoptsugi#




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