あと一歩なのに。
なかなか進まないのがもどかしい。
「へぇ……随分と…悪趣味な夢ですね、」
やっとのことで、それだけ言った。
「悪趣味って……おめぇはこういう夢が気にならねえのか?」
明らかに苛立っている土方さんの声。
だけど僕は、土方さんの顔なんて見れない。
見たら、きっと泣いてしまう。
「まぁ、所詮は夢ですからね」
所詮は夢、されど夢。
過去の僕らを回帰させる、大切な夢。
「俺は、おめぇなら何か知ってるんじゃねぇかと思ったんだが」
うん、知ってるよ。
「さぁ……さしずめ、毎日毎日面倒な補修で顔を合わせてるから、つい夢の中にまで僕を登場させちゃったってところなんじゃないですか?」
でも、言わないよ。
「面倒って…」
「あ、それとも土方さん、僕に気があるんですか?!夢に見てしまうほど」
おどけて言ってみたら、土方さんにんなわけあるかと一蹴された。
自分で仕向けたことだけど、かなり傷ついた。
そうか。
"んなわけあるか"、なのか。
「大体な、夢に出てくるってのは、出てきた方が夢の主に恋慕してるってのが正しい解釈だ……って教えなかったか?」
「そんな古典的な解釈、やめてくださいよ」
まあ、その解釈で大当たりですけどね。
「おめぇ、俺に惚れてんのか?」
…"んなわけあるか"とは、僕は言えない。
否定なんてできっこないのに。
何でそんなこと聞くの?
土方さんの馬鹿。
土方さんは、昔から大馬鹿だ。
「べつに………」
妙な間を怪訝に思ったのか、土方さんが何か言おうとした。
でも、僕はそれを遮って、半ば突き放すように言い放った。
これ以上ここにいられても困る。
もういい加減耐えられない。
「ていうか、話ってそれだけですか?明日も学校だし、終わったなら帰ってくださいよ」
「あ、いや…小さい頃おめぇが俺を知ってたことと、何か関係があるんじゃねぇかと思って……いてもたってもいられなくなっちまってよ…本当はさっき学校で聞いてもよかったんだが……何故か聞いちゃいけねぇ気がして…」
へぇ……そんなに気になってたんだ。
いてもたってもいられないなんて、何だか土方さんには似つかわしくない。
「おめぇ…本当に何も知らねえのか?」
「………何で僕が土方さんの夢占いをしなきゃいけないんですか。土方さんの夢なんて知りませんよ」
土方さんの"記憶"なら知ってるけどね。
「嘘を吐くな。どんだけ長い付き合いしてると思ってんだよ」
えーと、約150年前のことも含めると……ざっと50年?
「嘘なんて吐いてませんよ?僕純粋だから」
土方さんが、胡散臭さそうな顔でこちらを見た。
はいはい。分かってますよ。
おめぇのどこが純粋なんだ、って言いたいんでしょ?
「何で…教えてくれねぇんだよ……」
萎れて言う土方さんは、酷く焦燥しているように見えた。
ちょっとびっくりする。
土方さんがここまで切羽詰まってるなんて、正直予想外だ。
何だか…嬉しいような…切ないような、複雑な気分。
でも、本当のことなんか言えない。
だって………
大切な記憶は、自分の手で手に入れないと意味がないと思うから。
それに、もしも貴方に否定されたら、僕はもう…生きていけないよ……
「…教えるも何も、知らないものは知らないんだから、教えようがないじゃないですか」
ほんと僕って可愛くない。
もっとましな言い方もあるはずなのに。
こんな言い方で突き放すことしかできない自分に、無性に腹が立った。
「…あくまでも白を切るつもりなんだな?」
「だからそうじゃなくて」
「わかった」
「え…?」
何がわかったの?
諦めたような土方さんの表情に焦る。
「おめぇが言わないなら、俺が自分で答えを探し出せばいい話だ」
僕はハッとして土方さんを見た。
その顔は困ったように笑っていて、僕がよく知っている、普段に輪をかけて男前の時のそれだった。
「……っ」
ズルい。本当にズルい。
どうしてそんな顔をして僕を見るの?
どうして…そんなに格好良いの?
「変ですよ、土方さん」
声がちょっと震えた。
「明日僕に遅刻してほしくなかったら、とっとと帰ってください。もう僕眠い」
本当に、もうこれ以上は耐えられない。
土方さんの前で泣くなんて絶対に嫌だ。
微かに滲んだ涙は、欠伸をして誤魔化した。
「…分かったよ」
すっと立ち上がる土方さんに、僕は少しだけ後悔する。
折角来てくれたのに…
もう、こんなチャンスはないかもしれないのに。
土方さんを玄関まで送りながら、僕は最後にもう一つだけ、土方さんに聞きたかったことを口にした。
「ねぇ、土方さん………土方さんは、輪廻転生って……信じますか?」
靴を履きかけた土方さんの手が止まる。
「輪廻……?」
そ、輪廻。
あれほどまでに望んだ、"今度生まれてくる時は"ってやつ。
「もしも生まれ変わったらとか、そういうこと、考えます?」
何を聞いているんだ、僕は。
そんなことを聞いたところで、どうなるわけでもないというのに。
だけど、土方さんは真面目に答えてくれた。
「そうだなぁ…何度生まれ変わっても、いつもおめぇみたいな奴が近くにいる気がするよ……何となく、な」
俺はどうも苦労性みてえだからな。
そう言って苦笑している。
……僕は今、どんな顔をしてるんだろ。
嬉しいのか悲しいのか怒りたいのか、自分でも訳がわからない。
「………」
思わず黙りこくっていると、土方さんにぽん、と頭を叩かれた。
「夜遅くに邪魔して悪かったな。明日遅刻すんじゃねぇぞ?」
「え……あ、あ」
まだぼけっとしていると、土方さんがドアを開けて、出て行くところだった。
「あぁ、あと、コーヒー美味かった。御馳走様」
そして、ドアがバタンと閉まった。
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