僕の殺風景な部屋に、土方さんがいる非日常。
すごく落ち着かない。
土方さんは綺麗好きだから、散らかったテーブルとか、床に積み上げられた漫画とか、余り見られたくないんだけど。
「えーと、土方さんはコーヒーですよね」
どこにいるべきか考え倦ねて立ち往生している土方に、さり気なく声をかけた。
「え?あ、ああ……でも別に…」
「俺に構わなくていい、とかはなしですからね?」
「………わかったよ」
「あ、どこかにてきとーに座っててください」
「お、う」
キッチンからリビングを盗み見ると、土方さんが遠慮がちに、ソファの端に腰を下ろすのが見えた。
別に、初めてくるわけじゃないんだからもっと堂々としてればいいのに。
それにしても、土方さんが僕の家まで来るなんてね。
さっきのこと、余程気になっちゃったんだろうな。
別に補修の時にだって聞けるのに、こうして家にやってきた理由は他に思いつかない。
いつもだったら、例え何があろうとも、教師が私用で生徒の家に行くなんて言語道断だ!とかガミガミ言うくせに。
僕が土方さんの家に行こうとすると、更に過剰に怒り出すし。
……もう堪んないよ。
そんなことを考えながら、僕は棚をがさごそやって、常備しておいたコーヒー豆を引っ張り出した。
僕はコーヒーなんて苦いものは大嫌いだから、絶対に飲まないんだけど。
土方さんは、逆にコーヒーしか飲まないから。
慣れない操作に四苦八苦しながら、僕は何とかコーヒーを淹れる。
「お待たせしました」
危なっかしげにコーヒーを運ぶ僕を、土方さんが緊張した目で見守る。
「…総司は、何も飲まないのか?」
「あ、いえ……」
僕はソファの前のテーブルにコーヒーカップを置くと、冷蔵庫に駆け寄った。
「僕はこれですから」
イチゴオレ。
見せた途端、土方さんが微かに顔をしかめた。
ブリックパックのイチゴオレだけは、ずらりとストックしてある。
冷蔵庫には、それと板チョコとアイスくらいしか入っていない。
僕は勢いよく土方さんの隣に腰を下ろすと、ブリックパックにストローを突き刺した。
土方さんが一口コーヒーを啜って、驚いたような顔になる。
「おめぇ、何でこのコーヒー……」
そりゃ、土方さんの好みの豆しか、家にはありませんけど?
「えへへ。姉さんから聞きました」
ほんとは、自分でちゃんと調べたんだけどね。
「……」
奇妙なものを見るような顔で、土方さんは僕を一瞥した。
「それで…何ですか?話って」
白々しくも、聞いてみた。
「あ、ああ……」
どうせ、俺のことを何もかも覚えてるってのはどういうことだ、とか言われるんだろうと思っていたから、珍しくも歯切れの悪い土方さんに、僕は少し戸惑う。
「最近よく、おめぇの夢を見る」
「………え?」
予想外の土方さんの言葉に、僕は意表をつかれて固まった。
僕の、夢?
「いや……正確におめぇかどうかはわからねぇ……もしかしたら全く違う奴なのかもしれねぇんだが……」
「…………」
何て言ったらよいのかわからない。
どういうこと?
よくわからない。
「ただ、夢の中に出てくるあいつにおめぇを当てはめると、驚くほどしっくりくる気がしてな」
土方さんは自嘲するかのように笑った。
「生徒の夢を見るなんて、俺もろくな教師じゃねぇよな………変だと、思うだろ?」
いやまぁ、生徒兼幼なじみ、ね?
「しかも、一度や二度じゃねぇんだ。最近は特に頻繁に見る」
僕はぼけーっと土方さんを眺める。
「妙な夢なんだ」
「妙?」
「ああ……何故か…懐かしいような気がした。郷愁の思いというか…」
話しながら虚空を見つめる土方さんの目は、切なそうな、辛そうな、そんな光を浮かべて揺れていた。
もしかして……
もしかしたら…………
「土方さんは、その人と、何をしていたんです、か?」
おずおずと疑問を口にする。
「……俺は…そいつを…追いかけていた。そいつはいつも笑っていて…ある時は一緒に何かを食べている。ある時は一緒に月を眺めていて、そしてある時は………ある時は、寝ているそいつを、見舞っていた」
やっぱり。間違いない。
土方さんは、僕らの過去の夢を見たんだ。
新撰組副長土方歳三と、一番隊組長沖田総司としての僕らの過去を。
夢の中のその人―――って僕なんだけど、僕はすごく辛そうで、痩せ細って、起き上がることもままならない。
土方さんは苛々していて、すごく悲しい気分……なんでしょ?
……どうです?当たってますか?
本当は、今何もかも説明して、土方さんこそが、僕の愛したたった一人の人だ、と言ってしまいたい。
だけど…………
まだ、思い出したわけではないんでしょ…………?
それじゃあ、まだ言えないよ。
僕が自分の記憶を押し付けたところで、土方さんにとって、それはただの虚構にすぎないってことでしょ?
僕は、開きかけた口を閉じた。
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