あーあ。
あのままそそくさと自宅に帰って、ソファに寝転んでから初めて自分の発言を後悔した。
今更だけど。あんなこと、言わなきゃよかった。
土方さん、きっと訳がわからなくて悶々しちゃうもん。
まあ、土方さんを困らせるのは嫌いじゃないんだけど。昔から。
忌々しい因果な記憶は、いつだって胸の中にある。
豊玉発句集を盗んだり。
一緒にお花見をしたり。
甘味処でお団子を食べさせてくれたり。
出張帰りに買ってきてくれるお土産の金平糖は、いつも一粒ずつ大切に食べた。
僕が労咳だということに初めて気がついたのも土方さんだった。
僕が嫌な思いをしないように、周りへの態度や環境を整えてくれたのも、なるべく隊務に参加させてくれたのも、全て土方さん。
僕が起き上がれなくなると、何一つ不自由がないように、忙しいのに無理してこまめに見舞ってくれた。
それでいて、僕が少しでも泣き言を言うとこの上ないってくらいに激怒して、俺が死なせねぇ!なんて言うもんだから、僕はしょっちゅう土方さんが見ていないところで泣いていた……のはここだけの話。
土方さんの、僕に対する優しさが嬉しくて。逆に、身に堪えた。
それから、土方さんが北上すると言いに来た日。
あの日のことは、特によく覚えている。
あの時代の僕らにとっては、それが永訣となったから。
土方さんが見慣れない洋服を着ていて、でもそれがすごくよく似合っていて、無性に悲しくなった。
貴方は益々僕の手の届かないところに行ってしまうんだって、朦朧とする頭で思っていた。
植木屋の離れに横たわって見た去っていく土方さんの後ろ姿が、目に焼き付いて今でも忘れられない。
土方さんに悲しんでほしくなかったから、虚勢を張って、絶対に泣くもんかと頑張ったんだよね。
それから命が尽きる日まで、寂しくなれば何度も何度も土方さんの笑顔を思い出して、孤独に耐えて、それでもやっぱり悲しくなって、枕や布団を派手に濡らした。
でも、その涙を知る人なんているわけがなくて。
結局僕は、ただただ土方さんの幸せと……そして次の人生でこそ、土方さんの傍にいられることだけを願って、一人ぼっちでこの世を去ったんだ。
だからこそ、またこうして巡り会えたことはすごく嬉しいはずなのに。
土方さんに記憶が全くないなんて、とんだ計算間違いだ。
こういうのを生き地獄って言うんじゃないかな。
第一、いつか昔のことを思い出す日がくるのかどうかも分からないし。
結局僕は、1から……いや、0からスタートしなきゃいけないのかもしれない。
土方さんが高校生の沖田総司を好きになってくれるように努力して、全て初めからやりなおさなきゃいけないのかも。
もし、それで土方さんの気持ちが僕に向くならそれでもいい。
だけど……もし、土方さんが僕のことを好きになってくれなかったら?
そしたら、めくるめく輪廻の中で偶然か必然かまた巡り会えて、こんなにも近くにいて、今度は僕も健康体なのに、それなのにまた結ばれないっていうとんでもない悲劇が生まれちゃう。
そんなの嫌だ。
今度こそ、ずっと貴方と一緒にいたい。
前はできなかったことを、一つずつやっていきたいのに。
「僕は、どうすればいいんだろ……」
一人暮らしの部屋に、呟きが吸い込まれていく。
その刹那、呼び鈴が鳴った。
「は……?」
誰だ?こんな時間に。
セールスマン?
だとしたら近所迷惑で訴えてやる。
それか宅急便?
いやいや、届き物に何も心当たりがない。
じゃあ一体………
「土方、さん??」
覗き穴から外を見てそこに立っている人物を確認すると、僕は慌ててドアを開けた。
「一体どうしたんですか?夜這いしてきたんですか?」
「馬鹿。お前んちに夜這いしてどうすんだよ」
その姿も、その声も、ちょっと苛々したような様子も、全て土方さんだった。
「………何で?」
心の中の呟きが、思わず漏れた。
「お前と話してぇことがあるんだよ」
話したいこと。
きっと、さっきの続き、だよね?
「………」
とうとう、僕の気持ちや真実を話さなきゃならない時がきたのかもしれない。
覚悟できてる?僕………
土方さんに、拒否されるかもしれない……覚悟。
「あ……じゃ………中に入ります?」
僕は今、笑えているだろうか。
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