book長 | ナノ


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先日、夢を見た。

雑に着物を着た誰かが、俺の前を走っていた。

俺から逃れるようにして走りながら、楽しそうにニコニコ笑っていた。

それが誰であるのかは分からない。

ただ、そいつが俺にとって、とても大切な存在であることだけはよく分かった。

夢特有の靄がかかっていて、顔まではよく見えない。

まるで、色褪せたセピア色の記憶のようだった。

そう。記憶のようだった。

夢にしてはヤケに現実的で、懐古の情が湧いてきた。

ここ数年、着物どころか、浴衣さえ着ていない。着物を着ている奴と何かしたこともない。

ならば何故、懐かしいと思うのだろう。

数日間は言いようのないデジャヴに苛まれていた。

そして、それからちょくちょく同じような夢を見るようになった。

よくその時の精神状態によって、追いかけられる夢やどこかから落ちる夢など、決まった夢を繰り返し見るというが、俺の場合、一回一回の情景があまりにも違いすぎて、まるで一つの大きな物語を断片的に垣間見ているような、そんな気がした。

いつも誰だかわからない奴が出てきて、ニコニコしている。

たまに他の奴も出てくるが、それが誰なのか全く見当もつかない。


しかし、所詮は夢。

妙な夢だったなあと思いながらも、昨日まではすっかり忘れ去っていた。


が、昨日、また同じような夢を見た。

今回は、大きく様子が違っていた。

日の射し込む明るい和室で、誰かと静かに話している夢だった。

その誰かが、一連の夢に出てくる奴と同一人物であることはすぐにわかったが、決定的な違いがある。

まず、そいつは布団の中に、力なく横たわっていた。

前回のはじけるような笑顔はどこにもなく、その身体からは、元気や明るさや精気などというものが一切消え失せていた。

今にも砂のようにさらさらと消えていってしまうのではないかと思うほど、その存在は頼りない。

これは夢だとわかっているのに、俺は胸が締め付けられるような、どうしようもなく不安な気持ちになった。


「  」


そいつが何か言っている。

俺を……叱責しているのか?

いや、もしかしたら、自暴自棄な発言をしたのかもしれない。

俺は、どうやらそれをなじっているようだ。

何を言っているのかわからない。

知りたくてたまらないのに、まるで雲を掴むような感覚に、俺は無性に苛々した。

すると不意に、そいつがにこりと笑った。

その儚い佳麗さに、夢の中の俺は思わず息を呑んだ。


「    !!!」


俺が何かを叫んでいる。

そいつの手を取って、きつく握りしめている。

胸が痛い。

何故だ。

何故こんなに悲しいんだ。

一体何があったんだ?

こいつは……もうすぐ死ぬのか?

一体誰なんだ。

俺は…こいつを失ったのか………?

……わからない

…………思い出せない。

…………思い出せない?

何を思い出すってんだ。

……これは…ただの夢じゃねぇか。

だが、布団の中の奴の、あの美しすぎる微笑みが頭から離れない。


「おいっ!」


急に、自分の声が近くで聞こえた。


「おい!っ………じ!」


何だ………?


「駄目だ!…じ!……う…じ!………」

「総司っ………!」


そこで、目が覚めた。

自分の声で、目が覚めた。

そのまま暫くベッドの中でじっとしていた。

なんて朝だ……

窓から射し込む光が、白々しいほどに眩しかった。

嫌な夢だった。

額に手をやると、じっとりとした嫌な汗をかいていた。

そして、俺はもう一つの事実に驚愕する。

俺は、泣いていた。


「…何なんだよ………」


今日だけは、出勤したくないと思った。


「何だよ、総司って………」


俺、確か総司って言わなかったか?

あの、横たわっていた奴が、総司なのか??

……一体何の話だ。

そんなことあるわけがない。

寝ぼけていたのか?

補修で毎日嫌というほど顔を合わせているから、現実と夢を錯綜させてしまったのかもしれねえ……

……いやでも、それにしては、随分はっきりしていた。


―――あの子、土方さんのこと、知ってるって言うのよ

不意に、昔総司の姉にして、自分の友達でもあるミツさんとの会話がフラッシュバックする。

―――性格とか、好みとか、事細かに知ってるのよ……なんだか、薄気味悪くない?

小さい頃から、妙に俺に懐いていた総司。

出会う前から、俺のことを知っていた総司。

総司が……何か知っているのかもしれない。

聞いてみるか……

たかが夢、されど夢。

気になるんだから仕方ない。

斯くして、俺は総司の奴に、"記憶"のことを聞くことにした。

まさか奇妙な夢を見たとも言えないから、俺はミツさんとの会話を思い出したことにして、総司にさりげなく聞く。

おめぇ、何か覚えてねぇか?

しかし、ふてくされたような、俺をコケにしたような態度の総司を見ていると、あの微笑みを浮かべた儚い雰囲気の奴とは、どうにもイメージが重ならない気がした。

こいつは、何があろうと不貞不貞しく生きていくような奴だ。

…死にかけていたあの夢の奴と、同一人物とは到底思えない。


「覚えてますよ」


しかし、総司の言葉に耳を疑った。


「は?」

「土方さんのこと、何もかも」

「おめぇ何言って…」

「でも、土方さんが覚えてないなら、仕方ないですよね」


俺が……覚えてない?

何の話…だ?

俺のことを何もかも覚えているって、そりゃどういう意味だよ。

変に開き直ったような態度を取る総司に、俺は何も言い返すことができなくなってしまった。

気付いたら、総司が教室から出て行くところだった。


「そう…じ………」


一人残された俺は、上手く働かない頭を抱え、機械的に手だけ動かして、総司の提出していったプリントの丸付けを始めた。


「…んだよ。全部あってんじゃねえかよ」


俺は苛々してペンを放り出す。

……総司が覚えてるってのは、一体何時のことなんだ。

何を覚えてるんだよ………

答えの出ない問いを羅列して、俺は益々苛立ちを募らせる。

ピースは集まっているのに、組み立て方がわからない。

全体像が見えてこない。

堂々巡りの思考回路を辿って、俺はただただ不毛な時間を過ごした。


「ああっ、くそ!」


俺はばん!と机を叩くと、乱雑な手つきで書類を片付け、帰路についた。

これ以上このままここにいても、埒があかない。




*maetoptsugi#




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