土方さんは、さっきあの女の人が言っていた通り、僕の家庭教師だった。
別に、土方さんが教師の資格を持っていたとかそういうわけではないんだけど。
というか、家庭教師兼お隣さん兼、僕の恋人だった。
土方さんは、難関大学を首席で卒業してしまうような、そういう桁外れな凄さを持っている人だった。
僕が四人家族で住んでいたマンションの隣の部屋に一人で越してきて、それで知り合った。
その時僕は高校生になったばかりで、土方さんは社会人二年目だった。
隣の部屋も同じ間取りだから、四人住める部屋に一人で住む人って、一体どんな人だろうと思った。
まぁ、きっとすごい人なんだろうとは予想してたけど。
案の定、引っ越しの挨拶にやってきた時に、家族中が土方さんを絶賛した。
礼儀正しいし、人当たりはいいし、言うことなしのお隣さんだ。
元々一家揃って人懐っこい体質だから、父さんも母さんも土方さんのことを根ほり葉ほり聞いて、土方さんと同年代の姉さんは、急に色めき立ったりしていた。
へぇ、あそこの大学なの。
じゃあ頭がいいのね。
しかも○○企業って言ったら最大手じゃないか。
君は優秀なんだな。
おまけにイケメンさんなのね。
たちまちのうちに土方さんに夢中になった家族は、新入社員じゃなにかと大変だろうとかなんとか理由をつけては、夕飯に誘うようになった。
土方さんの方でも特に問題はないのか、いつだってそれに応じてきた。
実家が金持ちなのかもしれないが、新入社員のくせにこんな広いマンションで一人暮らしできる人が、大変なわけがないのにさ。
僕は、最初は土方さんが嫌いだった。
嫌い、というか、何となく鼻持ちならないヤツ、くらいに思っていた。
若いし、ルックスもいいし、何も欠点がなさそうなところが逆に癪に障った。
興味はあるけど仲良くするのは躊躇われるし、かといって家族が仲良しだから、無視するわけにもいかないし。
土方さんの方でも、僕には興味がないのか、あるいは嫌いなのか、挨拶くらいしかしてこない。
それもまたムカつく点だった。
だから僕は、必要以上に土方さんに近づかないようにしていたんだけど。
ある時、土方さんが僕の家庭教師になるという話が持ち上がってしまった。
土方さんが越してきてから一年以上が経過し、僕は高校二年生も半ばを迎えていた頃だったと思う。
親としては、そろそろ受験態勢に入って欲しかったらしい。
確か、いつものように土方さんが夕食を食べに来ていた時に、僕の学校や成績の話になっちゃって、土方さんに、受験はどうするんだ、文系か理系か、なんていう話を色々されて、終いには俺でよければ勉強を教えてやる、なんて言われちゃったんだ。
相当優秀なんだろうとは思ってたけど、それとこれとは話が別だ。
ただのお隣さんで、別に近所付き合いだってしなくてもいいのに、どうしてそこまで生活を侵食されなきゃいけないんだ。
僕は全力で嫌がった。
土方さんはエリート出世道を駆け上ってる最中なんですよ?今邪魔するわけにはいかないじゃないですか。
僕としては正論を述べたつもりだったんだけど、土方さんは聞いてくれなかった。
僕の両親はというと、最初は遠慮していた。
土方さんのご迷惑になるから、とかなんとか言いながらも、顔には嬉しさが滲み出ていたんだけど。
でも、土方さんが全然迷惑じゃない、なんて断言するから、結果として僕は土方さんに勉強を教えてもらうことになってしまったわけだ。
冗談じゃない。
大体、何で土方さんは、自らそんなことを言い出したんだ。
僕のこと、嫌いなくせに。
ろくに顔も見てくれないくせに。
僕は嫌だったけど、親にも土方さんにもあまり楯突きたくはなかったから、渋々それに応じた。
あんまり出来が悪かったら、きっと土方さんも放り出してくれるだろう。
当初僕は、そんな生ぬるいことを思っていたんだ。
家は隣だし、一人暮らしで誰もいないから静かだという理由で、勉強を見てもらう時は必ず土方さんの家に行くことになった。
両親も、別に女の子じゃないんだから安心だと言って、何の反対もしなかった。
……それがまぁ大きな間違いだったんだけどね。
何回目の授業だったかは忘れたけど、ある時突然土方さんに襲われた。
もう我慢できないとか何とか、自分勝手なことを言われた気がする。
最初に口づけられた時はどうしようかと思った。
壁越しに叫び声が聞こえないかと思って大声を出そうとしたら、再び口を塞がれた。
それで、ずっと好きだった、なんて言われてしまえば、僕はもう吃驚しすぎて何も言えなかった。
「男だよ、僕」
「知ってる」
同じ会話を何度もした。
「土方さん、男色家だったんですか」
返ってくる返事はずっと同じ。
「違う。総司だからだ」
それで、その日はこれでもかというくらいに弄ばれた。
焦って、散々抵抗して、嫌がって、泣き喚いたけど、全て逆効果だと言われて、何一つ聞き入れて貰えなくて、最後は仕方なくされるがままになった。
女の子とは経験済みだったけど、自分に挿れられるなんて初めてで、もちろんものすごく痛かった。
それに怖かったし、戸惑いだらけだった。
たくさん涙も流した。
それでも不思議と嫌悪感は感じなかったんだから、その時点で答えは出ていたようなものだったけど。
だけど、どうして土方さんが僕のことを好きになったのかがさっぱり分からなかった。
あとで聞いてみたこともあったけど、最初からだとか何とか訳の分からないことを言われて、結局わからず終いだった。
それでも土方さんは僕を好きだと、何度も何度も繰り返して言ってくれた。
そして何度も僕を抱いた。
勉強を数時間やった後、必ず抱かれた。
あぁきっと、土方さんの目的は端からこれだったんだな、と何となく納得した。
だってそうじゃなかったら、急に家庭教師なんておかしいじゃないか。
でも、土方さんは確かに頭が良くて、教え方も抜群に上手くて、それまで平凡だった僕の成績が急激に上がったのもまた事実だった。
というか、問題が解けなかったり、真っ白な授業ノートを見せる度に激しいお仕置きを食らったから、嫌でも授業を聞き、ノートを取るようになったおかげというのもあるんだけど。
とにかく、それが悔しいような、嬉しいような、何だか変な気持ちだった。
おかげで両親はますます土方さんを崇めるようになっちゃったし、僕らの間にそんな不健全な関係があるとは夢にも思っていないしで、結局何もかもが土方さんの思い通りになったわけだ。
ただ一つ。
僕の気持ちを除いては。
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