高二の時に始まった僕と土方さんの関係は、誰にも知られることなく、僕が高三になっても続いていた。
だけど、僕はその時もまだ、自分の気持ちが分からずにいた。
自分が、土方さんをどう思っているのか。
いまいち分からなかった。
好きなのかと聞かれても、嫌いなのかと聞かれても、どちらも肯定できない。
じゃあ一体なんなんだ、と思っても一向に答えは出ない。
土方さんは相変わらず僕を好きだと言ってくれていて、僕は答えてあげられていないのに、それでも一向に構わない様子だった。
そんなんで虚しくないのか、と聞いてみたこともあったけど、だって全身から伝わってくるから、とか変なことを言われた。
確かに僕は、土方さんに開発されちゃったワケで、回を重ねる度に気持ちよさは増していったし、土方さんは吃驚するくらい巧かったけど、だからと言って僕は一度も土方さんに好きだとは言っていないんだ。
何が伝わっているのか、さっぱりわけが分からなかった。
それが分かったのは、高三の夏だった。
学校帰りに寄り道をして駅前を歩いていたら、偶然土方さんを見かけた。
ただ、彼一人ではなかった。
傍らに、女の人がいた。
一緒に、高級ホテルのロビーに入っていくところだったのだ。
僕は唖然としてそれを見ていた。
ホテルに入って男女がすることなんて一つしかない。
不思議だった。
僕がいるのに、何で。
相手の女の人が、彼女なのかなんなのかは分からない。
だって、僕の立場すら曖昧だったから。
僕は浮気の対象か本命か、一体どちらの立場なのだろう。
何故かそういうことを考えた。
もしかしたら、僕はただの性欲処理器なのかもしれない。
思えば確かに、土方さんとは性交以外の恋人らしいことは、何一つとしていなかった。
大体、僕は好きだとも言っていないんだからそれが当然だ。
恋人と呼ぶにはかけ離れすぎた関係だったことに、その時初めて気が付いた。
だけど、僕らの関係が何であるにせよ、土方さんが僕に好きだと言ったのは紛れもない事実だ。
何度言われたか分からないくらい、好きだ好きだと繰り返し告げてくれたのに、土方さんが他の人にもその感情を向けるなんて許せなかった。
逆に、もしも他に好きな女の人がいるなら、僕には好きだなんて言ってほしくなかった。
ただの性欲処理器なら、そうだと言ってくれればよかったんだ。
誰かを好きになったら、他の人には目を向けない。
そういうものじゃないの?
僕に好きだと言った以上、土方さんは他の人には思いを寄せちゃいけないんだ。
僕は、土方さんを好きかどうかというよりも先に、激しい嫉妬を感じた。
土方さんは、僕だけのものなのに。
その心は、僕にだけ、向いているべきなのに。
何だか自分勝手に我が儘を言っているような気もしたが、それでもその日、土方さんの姿を見て、僕は無性に腹が立ったのだった。
それで、次に土方さんの家に行ったときに、僕は激しく土方さんに怒った。
もはやどうして怒っているかわからないくらいに怒鳴りまくった。
そしたら、土方さんはくすりと笑った。
心から笑っているような、本当に嬉しそうな笑顔だった。
その笑顔に、僕は不覚にもドキリと胸を鳴らしてしまった。
それ程に、今でも忘れられない程に、それはそれは綺麗な微笑みだった。
「お前、やっぱり俺が好きなんだな」
「やっぱりって何ですか!」
「だって、いっつも全身で好きって言ってるじゃねぇか。口で言わなくったって分かるんだよ」
「そんなことないです!」
「あるさ。だって、嫉妬してくれたんだろう?」
「それは………まぁ、……多分……」
「嬉しいぜ」
「…っ……」
「因みにあれは俺の姉貴だ」
「は?……土方さんて、お姉さんにも手を出すんですか?」
「んなわけあるか!!久しぶりに会ったから、ホテルのレストランで食事しただけだ!馬鹿!」
「あぁ……食事……」
それを聞いて、死ぬほど安心したのを覚えている。
その日初めて、僕は土方さんに対する自分の気持ちを自覚した。
これは、間違いなく、僕も土方さんが好きなんだな、と。
その感情は、驚くほどすっぽりと胸に収まった。
今まで訳も分からずに抱えていたもやもやしたものが一気に消え去って、"恋"という名前に変わった。
総司と呼ばれて、抱き締められて。
僕はやっと、土方さんに思いを告げた。
「悔しいけど、好きです」
それは、僕の気持ちまでもが土方さんの思い通りになった瞬間だった。
それから僕は、無事に土方さんと同じ大学に進学した。
これで、土方さんと同じような道に進める。
いずれは同じ会社に就職できたらいい。
当時僕はそう思っていた。
大学が終わると土方さんの家で土方さんの帰りを待って、一緒に夕食を食べたり、身体を重ねたりした。
受験の直前はひたすら勉強ばかりで、せっかく両思いになったのにろくに愛し合ってもいなかったから、土方さんはほぼ毎晩求めてきた。
僕が土方さんの家に入り浸っていることについて家族には、大学の勉強とか、将来土方さんみたいに立派な社会人になるために必要なことを色々と教わっているのだと説明した。
土方さんは優しいし気が合うから、一緒にいると楽しいとも言ったかもしれない。
とにかくそれで家族は何一つ文句を言わないどころか、むしろ嬉しそうにしていたんだから何もかもが上手くいっていた。
泊まると言っても、どうせ隣なんだし、と言って快諾してくれた。
しかし、蓋を開けてみれば勉強だなんてとんでもない。
少しは本当に勉強も教えてもらっていたが、そんなものは申し訳程度だ。
強いて言うなら、"感じ方"や"色恋"について勉強していた、とでも言えばいいだろうか。
もしかしたら、きちんと話せば両親も分かってくれるかもしれない、とも何度も思った。
だけど、例え相手があの土方さんであっても、やはり息子が男を好いていて、そういう関係になっているというのは嫌なものだろう。
そう考えて、両親に本当のことは告げなかった。
親を騙していることが、ちょっと心苦しくもあったけど。
でも、それ以上に、土方さんが好きだったんだ。
この人のどこが、人当たりのよい清純な好青年だよ。
行為の度に両親の言葉を思い出しては、密かに笑った。
まるで一年中発情期みたいじゃないか。
それでも、土方さんが僕を求めてくれるのは嬉しかった。
好き、と言われるのが嬉しくて、こそばゆかった。
土方さんと出会ってからの数年で、僕の気持ちはすっかり変化していた。
最初はどちらかというと嫌いだったのに、それがこんなにも大きな好きに変わった。
今では僕の家族の誰よりも、土方さんが好きだろう。
そしてきっと、土方さんよりも。
土方さんが僕を好きな気持ちよりも、いつの間にか僕の気持ちの方が大きくなっていたんだ。
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