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「………沖田?」


驚きすぎて身動ぎ一つできずにいると、リーダーは僕に目を留めて不思議そうな顔をした。

小綺麗な格好をしているから、分からなかったのかもしれない。

暫く測るように僕を見つめていたが、やがてニヤリと口角を上げた。


「久しぶりだな、沖田」


何故、彼がここに。

恐らくは向こうも同じことを思っているのだろう。


「ずっとお前に会いたかったぞ」

「……!!」


恐怖のあまり声も出せない僕に、リーダーは歩み寄ってくると、松葉杖に気付いてそれを手に取った。


「足を怪我でもしたか?」


何もかも分かりきっている顔で、リーダーは言う。


「きっと誰か不逞な輩に、銃で撃たれたんだろう。可哀想にな」

「…………っ」


止める間もなく、リーダーは松葉杖を遠くに放り投げてしまった。

これでもう、僕は動けない。

やられた、と思った。

咄嗟に土方さんの助けを呼びたかったが、こいつらの目的は最初から土方さんだ。

敵に餌を送るような真似はしたくない。


「………何であんたがここにいるのさ」


精一杯睨みつけて威嚇すれば、リーダーはさも可笑しそうに喉を鳴らした。


「それは此方のセリフだ。何故お前がここにいる」

「それは………」

「土方にでも飼われたか?」

「なっ…!!」


僕は激高して叫んだ。


「違う!土方さんは僕をそんな風に扱ったりなんかしない!」

「ふん、その様子だと真相を知ったようだな、沖田。いや、……土方と呼んだ方がいいか?」


リーダーは楽しそうに笑って、僕の胸ぐらを鷲掴んできた。


「随分と手懐けられたものだな。そんなに土方は優しかったか?」


グイッと引っ張り上げられ、気管が詰まる。


「今まで会ったこともなく、それどころか存在すら知らなかった兄にもう絆されたのか?お前も大概に単純な奴だ」

「ち、が……っ…」


リーダーの手首を掴んで抵抗しようとしたら、もう片方の手で首の根元を押さえられた。

頸動脈を潰されて、脳に酸素がいかなくなる。

途端に呼吸が苦しくなった。


「今まで大切に大切に育てて来てやった俺たちを裏切って、お前はたった数ヶ月一緒に居ただけの土方を信じるのか?」

「かはっ…っく、…ぁっ………」


ギリギリと指が食い込む。

目が血走り、顔が赤く染まっていく。


「なぁ、お前はそんなに馬鹿だったか?あんな腹の内の分からない男を信じるような、そんな馬鹿なことをする奴だったか?」

「…ぼく、の立場を利用、して…土方さん、を殺そ…うとしてた…あんたたち、なんか……信じられるわけ、…ない、でしょ…?」

「ちっ…………」


リーダーは僕を力任せで床に叩きつけた。

途端に肺に空気が流れ込んできて、思いきり咽せ返る。


「がはっ…ごほっ、はっ…ふ、」


肩で呼吸し、ヒュウヒュウ鳴る喉を押さえていれば、革の靴で頭を踏みにじられた。


「…っ、…痛っ!」

「お前は今日何でここに来た。土方に連れて来られたのか?」

「…やめ、ろっ……!」

「ここが誰の屋敷だか、お前は知っているのか?」

「そんなの、知らな…い……っ」

「ふん、やはりな」

「ぅっ…!!」


リーダーは薄く笑うと、僕のことを蹴り飛ばした。

あの初老の執事はどこに行ったんだ。

来客があったんだから、さっさと出てきて助けてくれても良さそうなものなのに。

そこまで考えて、ハッとした。

まさかこの屋敷の主人こそが、抵抗勢力と手を結んでる奴ってことなんじゃないの?

そうじゃなければコイツがこんなところにいるわけがないんだから、そう考えるのが妥当だろう。


「なんだ……そういうことか」


僕は大理石の床に転がったまま、リーダーを睨み上げた。

起き上がりたかったけど、足に力が入らない。


「何がだ?」

「ここの主人が、あんたらに手を貸してる奴なんでしょ?」

「ふん………やはりお前は頭がいいな」


リーダーはニヤリと笑った。


「正確には、手を貸している権力者のうちの一人、というところだがな」

「なっ…………」

「ここは、芹沢家の屋敷だ」

「芹沢………?」

「土方家より由緒ある家柄だ。聞いたことがあるだろう?」


確かに、どこかで聞いたことがあるような気はする。

だけど、今まで一度たりとも暗殺計画が持ち出されなかったのは、そうか。組織と癒着していたからか。

てことは、他にも暗殺計画が持ち出されていなかった権力者は、全て内通してると考えればいいわけ?


「芹沢は、ただの権力者なんかじゃあない。金になることなら何でもする。裏の顔は武器商人だ」

「なっ!?」

「芹沢は敵味方関係なく、値次第で誰にでも売りつける」

「じゃあ、まさか僕たちの武器も…?」

「あぁ。悪くない取引をさせてもらっている。武器だけじゃあない。人員だって取引している」

「人員………?」

「金持ちの中には、人を買って奴隷まがいの扱いをしたり、性欲処理をしたりする奴らも少なくはないからな。芹沢は、それでも儲けてる。もっとも、俺たちが買っているのは性奴ではなく、戦力になる奴らだが」


ようやく話が見えてきた。

つまりは、武器と人身の売買ってことか。

そうして芹沢さんとお互い損のない取引をして、後の権力者とは、お金と交換で身の安全を保障でもしてあげてるのかな。

……なんだ、要はコイツが私腹を肥やしたいだけじゃないか。


「まぁ、スラム街を彷徨いているような、後は野垂れ死ぬだけの奴らを商品にして生かしてやってるんだから、一概に悪いとは言えないだろうよ」

「だけど……それと僕に何の関係があるのさ」

「まだ気付いていないのか?………ならば、何故俺たちが"運良く"土方家の私生児を手に入れることができたか、よく考えてみるといい」

「……!」


ピンときた。

街中を彷徨いていたのを運良く、だなんてあるわけがなかったんだ。

こいつらは、芹沢さんから僕を買ったんだ。

気付いたら武器を握らされていたから、詳しい経緯なんて覚えてないけど。

そう考えると辻褄が合う。

土方さんは芹沢さんの裏の顔を知っていて、僕を捜してもらったんだろう。

僕を組織に売った芹沢さんなら、僕の居場所が分かるはずだから。

僕は青ざめて、土方さんたちがいる部屋の方に目をやった。


「……僕は、あんたたちに買われたってこと?」


震える声で聞けば、リーダーは満足そうに頷いた。


「それがどういうことか分かるか?沖田」


リーダーはしゃがんで僕の髪を鷲掴む。


「お前の所有権は、今でも俺にあるってことだ。お前がどんなに逃げようとも、土方に飼い慣らされようとも、俺はお前を好きに扱うことができる」

「そんなのっ…!」

「自分の意志には関係ないとでも言う気か?」

「当たり前じゃないか!売買契約なんかで誰かを拘束するなんて無理だ!」

「ふん………小賢しい奴だな」


リーダーは、僕の髪を乱暴に離した。

後頭部を大理石に打ちつけて、目に涙が滲む。


「お前なら、どうするのが賢明か分かるはずだ」


戻ってこいと、リーダーは言った。


「お前だって、痛めつけられたくはないだろう?今なら、俺たちを"裏切った"ことに対するお咎めはなしにしてやる。こんな寛大な処分など、そうそうあるものではないぞ」

「イヤだね。だいたいもう、僕には抵抗運動をする理由なんかないし。むしろしたくないし。誰があんたたちのところになんか…!」

「沖田、まだ分からないのか?お前は死ぬまで俺のものなんだ」

「違う!僕は誰のものでもない!!」

「頭が悪いぞ。何なら交換条件を出してやろうか?」

「………交換条件?」

「お前が戻ってくると言うのなら、金輪際土方のことは暗殺対象から外す。これでどうだ」


僕は息を飲み込んだ。

薄笑いを浮かべて此方の様子を伺ってくるリーダーに、反論の一つも返すことができない。


「別に、土方以外にも暗殺対象は山といるんだ。彼一人諦めたところで、さしたる支障はない。そうだろう?」

「…………」


土方さん以外にも暗殺対象は山ほど、か。

なかなか体のいい話だ。

…そして、馬鹿げてる。

思わず笑いが漏れた。


「はは、……あははは…」

「何が可笑しい」

「だって………おかしいでしょ、そんな交換条件」

「何だと?」

「僕はその条件のどこを信用すればいいわけ?あんたは、僕をわざわざ買ってまで土方さんを殺そうとしてたのに、急に土方さんは殺さない、なんて。おかしいにもほどがあるでしょ」


こんな口先だけの条件を持ちかけられるなんて、僕もずいぶんと見くびられたものだ。


「……長らくお前を育ててきて、お前に愛着が湧いただけだ。俺にはお前が必要だからな」


声の調子を変え、どこまでもシリアスにそんなことを言うリーダーは、しかし目の奥に隠しきれない闇をぎらつかせている。

僕はそんな見え透いた甘言には揺るがないんだから。


「……そう言えば僕が喜ぶとでも思ってるわけ?僕は、人のことを自分の"物"だと思ってるような奴には、必要となんかされたくないよ」

「………」

「だいたいさ、あんたは何のために抵抗運動をしてるの?そんなちっぽけな理由で暗殺対象を変えられるほど柔な目的なわけ?」


僕の言っていることは正しいはずだ。

人民のため、民主制のためっていうなら僕だって頷ける。

ていうか、今までずっとそう思い込んで、僕らの抵抗運動こそが正義だと考えて生きてきた。

だけど最近になってやっと、そうでもなかったことに気付いた。

僕はコイツのいいように手の平で転がされていただけだったのかもしれない。


「………沖田、ならばよく考えてみろ。お前は何故今日ここに連れて来られた?」

「それは………」

「自身が元の持ち主に返されに来たんだと、そうは思わないのか?」

「………!」


これにはさすがに動揺した。

先ほどの会話が思い出される。

買い手だとか何だとか言っていたけど、……でも土方さんは、必死に否定してたじゃないか。

苦労して捜し出したものをみすみす返すような真似、土方さんは絶対にしないはずだ。

僕がいらないなら、最初っから捜さなければいい話なんだから。


「…………土方さんは、そんなことしない」

「ふん、お前は土方の何を知っている」

「土方さんは………土方さんは、僕に優しくしてくれた!家族だって言ってくれた!」

「それだけか?お前はそんな甘言に騙されるのか?」


ようやく、土方さんのことを信じたいと思えるようになったのに。

心の中にできかけていたものが、ぐらぐら揺れて崩れそうになる。


「…………違う」


だけど、土方さんは僕に居場所を与えてくれた。

僕のことを愛してみたいと言ってくれた。

僕を僕として見てくれた。

だから、僕だって信じたい。


「土方さんは、僕の家族だ!」


僕はあらんかぎりの大声を上げた。

そのまま勢いに任せてスラックスの裾を捲り、靴下を下ろす。

そして、足首に隠しておいたジャックナイフを素早く抜き取ると、リーダーに向かって突きつけた。


「…そんながらくたで何をする気だ」

「あんたを殺すんだよ!」

「その不自由な体でか?」

「うるさいな!」

「おい、何を騒いでいる。煩いぞ」


その時、間の悪いことに廊下の奥から芹沢さんが現れた。

僕の怒鳴り声が部屋の中まで聞こえたんだろう。

芹沢さんの後ろには、土方さんの姿もあった。




*maetoptsugi#




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