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「……そのペンダントは、俺の父親がお前の母親に贈ったものだ。父親が職人にあつらえさせているのを見かけたことがある」


土方さんは、凍りついたまま動けない僕に向かって言った。


「きっと………愛はあったと思う。お前の母親は、いつだって幸せそうな顔をしていたからな………」


そんなことを言いつつも歯切れの悪いところをみると、土方さんも気休めだということは分かっているのだろう。

良くも悪くも、僕の母さんは美しすぎたのだ。

土方家の当主に見初められて、合意の上だったかは分からないが、純潔を奪われた。

そして運悪く身籠もってしまい、生まれたのが………この僕。

つまり、土方さんは僕の………


「総司」


自分の出生は、あまりにも残酷だった。

言わば、決して開けてはいけないパンドラの箱。

一度聞いたら二度と元には戻れない、そんな秘密を孕んでいた。


どうやら僕は、この世に生を受けたその瞬間から、疎まれる存在だったらしい。

父親にとっては、土方さんという正式な跡取りがいる手前、私生児なんて厄介でしかないだろうし。

母さんだって、僕がいたから職場で拙い立場に立たされてしまったわけでしょ?

クビになったのか、先代に追い出されたのかは知らないけど、結局僕を抱えたまま屋敷を出る羽目に陥って。生活に困って、衰弱死して。

僕がいたから、こんなことになったんだ。

僕さえ生まれなければ、母さんだって、もっと幸せになれたかもしれないのに。

父さんは優しくて、とても綺麗な人だったと言っていた母さん。

身籠もってしまったのは不本意だったかもしれないけど、それでも母さんの愛は本物だっただろう。

もう曖昧な記憶でしかないけれど、父さんのことを話す母さんの顔は、いつも穏やかだったように思う。

僕さえいなければ。

その思いは、僕の中で段々とどす黒く成長していく。


「総司」


ベッドの上で呆然と固まっていると、土方さんの両手に頬を挟まれた。


「………」


どこか焦点の定まらない視線で、僕は土方さんを見つめ返す。


「………ずっと会いたかった」

「……………」

「分かるか?俺のこの気持ちが」


僕は何も言えなかった。

土方さんがどんな気持ちか?そんなの分かるわけない。

きっと、土方さんのお母さんが出て行ってしまったのだって、少なからず僕に拠るところがあるんだと思うし。

自分の父親を寝取った女の息子に会えて、ようやく長年の恨みを晴らせるって喜んでる?

それとも、こんな奴と血を分けているのかって悲しんでる?


「………………」


僕は黙って、土方さんの目を覗き込んだ。

きっと、生まれながらにして尊さを持ち合わせていたんだろう。

紫紺の、吸い込まれるような高貴な目をしている。

……本当に、僕とは全然似ていない。

これでも半分血を分けた兄弟だなんて、笑っちゃうよ。

身分も生き方も、何もかもが正反対だっていうのに。


「……俺は、今嬉しいんだぜ」

「え?」


たっぷり間を置いてから紡がれたその言葉に、僕は困惑して土方さんを見つめた。


「やっと見つけたんだ」


そう言って、今度は頭を撫でてくる。

正直、自分がずっと求めていたのはこの手なんじゃないかと思ってしまうほど、温かくて心地良い。

僕は益々混乱して、取りあえず頭の手をなぎ払った。


「っ……悪い………いきなりで吃驚してるよな。気持ちの整理も、すぐにはつかねぇだろう」


当たり前だ。

大体、こんなの全て土方さんの作り話かもしれないんだから。

僕に親近感を抱かせて、自分の支配下に置くための。

だけど不思議なことに、疑うような言葉は一切出てこなかった。

そりゃあ、まだ全く受け入れられてはいないけど。

でも、何となく真実なんだろうって、心のどこかで思う自分がいる。

いつも何となく感じていた郷愁というか、どこか懐かしい感じ、というやつに、名前をつけて説明された気分。

憎い敵のはずなのに、何故か完全には憎めなくて、わざわざ危険まで知らせに来てしまって。

それは、赤ん坊の僕の世話をしてくれていたという土方さんの記憶が、どこかに残っていたからなのかもしれない。

それに、土方さんが家族だったらって、考えないこともなかったし。

我田引水なところも多いけど、こんな僕にも優しくしてくれて、ほんの少し、本当に少しだけ、憧れていたところもあった。


「いつから……」

「ん?」

「いつから気付いてたんですか、僕のこと」


ようやくそれだけ言うと、土方さんは何を考える必要があるのか、暫くの間黙り込んでいた。


「そうだな……いつだったかな……」

「………分からないなんてことはありえないですよね?」

「いや………初めて顔を見た瞬間に、気付いてたと言えば気付いてた。お前の………その目、全く変わってなかったからな」


僕の顔は、母さんに似ている。

色素の薄い髪の毛も、翡翠の瞳も、みんな母親譲りだ。

いや、そもそも僕は父親の顔を知らないんだから、何とも言えないけど。


「もう二十年も前の話だ。とっくに忘れてたっていいはずだったが、見た瞬間に、何だか懐かしくなったよ」

「………………」

「けど、さすがに記憶が曖昧すぎた。どこかで会ったような気はするが、どこで会ったのかは分からない。調べれば名前はすぐに分かったが、俺はお前の母親の名前すら知らなかったから、ピンとくるわけもない。とりあえず、時間が必要だと思った」

「だから僕を殺さないで捕らえて、あんな訳の分からない契約まで交わしたわけですか」

「………そうだ」

「それで、確信したのはいつなんですか」

「お前が出て行った後だ。あの時お前まで狙撃されそうになったのがどうしても不可解で、徹底的に調べた。で、何でお前がレジスタンスのグループに入ったのか。そこを調べたら、すぐに分かった」

「僕は入ったんじゃな……」

「あぁ、そうだ。拾われたんだよな?奴らに」


本当に、土方さんの人脈と情報網には舌を巻く。

そんなことまで調べがついているなら、もう、土方さんが僕の身の上について知らないことなんて何もないんだろう。

大体、赤ん坊の頃のことだって知ってるわけだしね。


「どうして拾われたか、お前は考えたことがあるか?」

「え?そりゃあ、少しでも人手を確保したかったとかじゃないんですか?あんな……井吹君みたいなのまで拾うわけだし」

「井吹?…そりゃあ、誰だ?」


誰だと聞かれてハッとした。


「…………………僕の…友達」


胸を抉るような思い出を蒸し返された。

僕が、見捨てた井吹君。

仕方なかったとはいえ、あれは完全に僕の所為だ。

やっぱり、僕は―――いない方がいい存在なんだ。

今になって、斎藤君の言葉が蘇ってくる。

………疫病神。


「そうか、友達、な……………まぁいい、その井吹って奴のことは知らねぇが、とにかく、お前はただ拾われたわけじゃねぇ」

「……………は?」

「奴らは最初からお前の身の上を知ってて、引き取ったんだよ」

「それって…………」

「あぁ、最初から、お前を切り札にするつもりで手玉に取ってたわけだ」


何それ。

僕、今までそのために育てられてきたの?

人殺し――それも実の兄を殺す手助けをする為に?


「……………」


考えていたら、涙が出そうになった。

ほんと、僕の存在意義って何だったんだろう。

僕、何のために生きてきたの?

今までずっと、人生に目的なんて必要ないと思ってきたけど、だからって、土方さんの暗殺に協力するために生きてるわけじゃない。

こんなのってないよ。

誰も、僕を僕として必要としてくれないなんて。


「だから俺は確信した。お前があの時の赤ん坊で、俺と異母兄弟の、沖田総司なんだと」


異母兄弟。

その言葉は僕の胸に重くのしかかった。




*maetoptsugi#




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