例えば、僕がこの土方家の屋敷で成長することになっていたら。
ずっと土方家の私生児という負い目を背負って生きることになっていたら。
僕は反政府側の人間になることもなく、全然違う人生を歩んでいたのだと思う。
土方さんの話を聞きながら、僕の心に浮かぶのはそんなことばかり。
「俺は、一刻も早くお前を取り戻したかったんだ。俺が当主になって、お前が成長した今、いつ奴らが動き出してもおかしくはねぇからな」
土方さんの言葉に、薄ら寒い気持ちになる。
現に組織は、土方さんを殺すために、本格的に動き始めていたんだから。
「まぁ、お前が殺されかけたのは、本気で殺すつもりではなかったんだと思うが。お前を傷つけて、俺を脅したかったんだろうよ」
「脅す?」
そこでふと、僕は違和感を覚えた。
いくら血がつながっているとはいえ、長い間会っていなくて、会話をしたことがないどころか、お互いの存在すら知らなかった相手が、果たして切り札などになりえるんだろうか。
僕は、土方さんから恨まれたっていいはずの存在なのに。
僕がどんなに傷つけられようと、痛くも痒くもないんじゃないの?
「………土方さんは、僕をだしに使われることを、脅威だと思ったんですか?」
「当たり前だろう」
「どうして当たり前なんですか?」
「どうしてって、お前……」
「僕は、土方さんに忌み嫌われてもおかしくないはずだ。今までずっとあなたの敵だったんだから。それどころか、あなたの父親を取り上げて、あなたから幸せを奪って、何から何まで憎い存在なわけでしょ?」
「そんなこと……」
「ないって言い切れるんですか?」
「いや…………」
土方さんは言葉を詰まらせて、苦しそうな顔をした。
ほら、それがもう答えじゃないか。
「………確かに、最初に異母兄弟の存在を聞かされた時は、いい気持ちはしなかった」
「ほら、やっぱり、…」
「だが、いつも面倒を見てやっていた赤ん坊がそうだと知った時には、喜びすら感じた」
「…喜び?」
「世話をしながら、こいつが俺の弟だったらっていつも考えてたからだ」
「…なっ………」
「俺は、いつだって一人だった。屋敷には大勢の人間が居たが、それでも俺は孤独だった。だから、ずっと俺だけの家族が欲しかった」
「うそ、だ……」
「お前は本当に俺の家族だったんだって思ったら、すげぇ嬉しかった」
「違う!嘘だ嘘だ嘘だ!!!」
僕は激昂して叫んだ。
「僕は最初っから土方さんを殺すために育てられたんだ!!たくさんの人間を殺して、殺すことしか能がなくて、みんなに迷惑ばっかりかけて、傷つけて!誰も僕なんか必要としてくれない!!」
「総司っ!」
「僕なんか生まれてこなきゃよかった!!僕なんか…僕なんか、死んだ方がマシだ!!!」
「総司!!!」
涙が散る。
僕は泣きじゃくりながら、思いっきり布団を捲った。
驚く土方さんには目もくれず、ベッドから飛び出して足を引きずりながらドアを目指す。
土方さんの前に、姿を晒していたくなかった。
誰かを傷つけるような僕は、死んだ方がいい。
「総司!!!」
土方さんの怒声が響き、僕は驚いた拍子に躓いて思い切り床に叩きつけられた。
高そうな絨毯が敷いてあるから激しい痛みはないものの、衰弱している体には十分な打撃だ。
動けなくなってもがいていると、僕を追ってきた土方さんに体を起こされ、そのままキツく抱き締められた。
「総司、そんなに悲しいことを言うんじゃねぇよ…」
「……っ…ぇ……ぐっ…」
その時盛大な音を立てて誰かが入ってきた。
「土方さん!今の音は何ですか!?ご無事ですか!?」
「山崎………」
耳元で、土方さんが吐息を漏らした。
きっと苦笑いしているんだろう。
僕を抱き締めて慰めているなんていう恥ずかしいところを見られちゃったから。
ドアに背を向けていたから直接は見えなかったものの、事情を理解した山崎君が慌てている気配が伝わってきた。
「山崎……ここは大丈夫だって言ったはずだが……」
「申し訳ございません。失礼いたしました……」
潔いことだ。
山崎君は、そのまま静かに出て行った。
その間身動き一つできなかった僕は、ドアが閉まるなりガチガチに強張った体から力を抜く。
山崎君なんかどうでもいいくらい動揺していた。
土方さんの腕の中は、思わず縋りつきたくなるほどに温かくて、どこか懐かしくて、心の中に渦巻く複雑な感情が溶かされていくようで…僕はずっと一人ぼっちで寂しかったのだと、その時初めて実感した。
「………とにかく、お前は何も悪くねぇよ」
どこか気まずくて重苦しい沈黙を破ったのは、土方さんの方だった。
「俺の両親は最初から俺のことを"跡取り"としか見てなかったし、奪えるほどの幸せもなかったしな」
「……………」
「けどな、お前は、俺のたった一人の家族なんだ」
「……か、ぞく…」
「俺には、お前が必要だ」
「嘘、だ…………土方さん、は…僕が、母さんに似てるから…代替してるだけだ…」
「違う!!俺はお前をちゃんと見てる!」
土方さんが、僕を必要としてくれる。
それが本当なら、何て素敵なんだろう。
だけど、……そんな幸せ、僕に与えられることがあるんだろうか?
「総司、これから一緒に暮らそう。二人で、今まで離れ離れだった時間を取り戻そう」
「いっしょに………?」
「あぁ。俺は、総司のことをもっと知りてぇんだ。どんなものが好きで、どんな時に笑うのか」
怖くなって土方さんから離れようとすれば、許さないとでも言うように腕に力を込められる。
「………ほんとに、ずっと一緒?」
「あぁ、ずっとだ」
「土方さんが、お嫁さんもらっちゃっても、ずっと?」
「もちろんだ。……それに、両親のことがあるからな、あまり結婚願望はねぇよ」
「ほんとに?」
「本当に」
そこで初めて、僕は土方さんの顔を見ることが出来た。
―――土方さんは、泣きながら優しく笑っていた。
「生きていてくれて、有り難うな。総司」
土方さんの涙が、僕の心を覆う高くて分厚い壁を溶かしていく。
「ぅ…ぅ…っふぇ……ひっく…うぅ…」
僕は土方さんの胸に縋りついて泣いた。
今までの人生で、どんなに辛くても堪えてきた涙を全て流し切った。
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