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井吹君のおかげで何とか森まで逃げてきて、そこで僕は力尽きた。

走った所為で止血帯が緩んだのか、再び流れ出した血が止まらない。

ズキズキと痛む左足は、どう庇って歩いても、僕からどんどん体力を奪い取っていった。

井吹君は、大丈夫だろうか。

そんなことを考えながら、力なく茂みに倒れ込む。

このままここで死んだら、野生動物の餌になっちゃうかも。

……井吹君が、命を張って守ってくれたのに。

会いたい人がいるんだろ、まだ死ねないんだろって、自分のことのように怒鳴ってくれたのに。

もう、無理みたいだ。


(ごめんなさい、母さん………)


僕は、首からペンダントをむしり取ると、上手く力の入らない手でそれを握りしめた。


(父さんのこと……見つけたかったのに…)


意識が朦朧とする。

これは……失血死になるのかな。

まぁいい。僕が死んだら、土方さんの暗殺も失敗に終わるだろうから。

やっぱり、土方さんは殺すには惜しい人だったよ。

敵なのに……僕に優しくしてくれた。

結果的に、僕は傷の手当てをしてもらって、暖かいベッドと、美味しいご飯まで与えてもらったわけだ。

それでもあの時は色々卑怯だとばかり思ってたけど、土方さんは一度も僕を傷つけたりはしなかったもんね。

よくよく考えてみれば、どうしてあそこまでしてくれたのか、不思議で仕方ない。

斎藤君や山崎君が不審がってたのもよく分かる。

別に取引したからって、あんなに良くしてくれる必要はなかったのに。


(何だかんだで、優しかったんだ……)


あの人だけが、僕のことを総司と呼んだ。

僕が撃たれかけた時も、大丈夫か?って言ってくれた。

人に初めて優しくされた。


ごめんなさい、土方さん。

あなたのこと、憎んだりして。

薄れていく意識の中、そう思った。











すぐ近くで、ザクッザクッと土を踏みしめる音がした。

パキッと枝が踏まれて折れる音もする。

僕はぼんやりと、あぁ、組織の連中がとうとうここまで来ちゃったのかと考える。


あれから幾度となく気を失いそうになりながらも、左足の強烈な痛みが僕を現実へと引き戻し、気絶することすらできない状態が続いていた。

意識が戻る度に、まだ生きている、まだ生きているとそればかりが頭に浮かぶ。

でも、それももう終わりだ。

僕は組織に連れ戻されて、そして……土方さんを殺すために使われるのだろう。

それが終われば………僕も死刑かな。

井吹君ごめんね、と今度はそんな思いで頭が埋め尽くされる。


その時、僕のすぐ近くで足音が止まった。

誰だか確認するために、身体を起こす気力もない。


「……………総司、か?」


その声に、僕はびくりと身体を震わせた。


「あぁ良かった、生きているな」

「………さ……いと……く…」


斎藤君が、隣にしゃがんだのが分かった。

何で彼がここにいるのか分からないけど、驚く元気などない。

どこかでこれは夢なんだろうなぁと思う自分もいる。


「どこを撃たれた」

「………あ……し…」

「…あぁ、ここか。酷い出血だな………だがもう大丈夫だ、何も心配しなくていい」


何で、と聞きたいのに声にならない。

やっぱりこれは夢なんだな。

僕の都合のいい夢。

だって斎藤君が、……あんなに僕を罵った斎藤君が、こんなに優しいわけがない。


「もう、大丈夫だからな…」


不意に頭を撫でられた。

何で。何でなの。

何で最後にこんな残酷な夢を見るの。

友達も、行く宛も何もかも失ったのに、まだ死にたくないって思っちゃうじゃないか。


「…………ぅ、…っく………ひっく」


涙が溢れ出る。

止まらない。

温かくて心地の良い手に縋るように、僕はひたすら泣きじゃくった。

この身体のどこにこんな力が残っていたのだろう。


「総司、そんなに泣くな」

「………ぇ……っく……」

「…土方さんが、あんたのことを心配して待っている」


土方さんが、心配…?

疑問はすぐに消えていく。

安心したからか泣いたからか、身体から一気に力が抜けた。


「総司………司……」


今度こそ、意識が途切れていく。











『母さん、ぼくあそびにいきたい』

『ごめんね、総司。もう、母さん起き上がれないの』

『母さん?どうしたの?だいじょうぶ?』


夢なのか、幻でも見ているのか。

久しぶりに母さんとの思い出が頭に浮かんだ。


『母さんがいなくなったら、総司は父さんを探し出して、面倒を見てもらいなさいね。総司なら、きっと可愛がってもらえるから』

『何で?母さんがいなくなるってどういうこと?いやだよ、いなくならないでよ』

『ごめんね…………もう、無理なの。一緒にはいられないわ』


いつの情景なのかはっきりとは覚えていないけど、思えばあれが母さんとの最期の別れだったんだろう。

ろくな葬式も出せず、母さんが死んだということも分からないまま、僕はレジスタンスに拾われてしまったんだから。

死んだら母さんに会えるかな、なんて思ってみたところで、ふと意識が浮上した。

…あれ、生きてる。

その証拠に、辺りが眩しすぎて目を開けていられない。瞳孔反射ってやつだ。


「総司、起きたのか?」


薄目しか開けられなくて狭い視界の中に、誰かのシルエットが見える。


「俺が、分かるか?」


声ですぐに誰だか分かったけど、たっぷり時間をかけて、目が慣れるのを待つ。

それから、酷く掠れた声で答えた。


「……………ごとうしゅ、さま」

「は、よりにもよってそれかよ」


土方さんは、安心したように笑った。

少しだけ心にゆとりができて、辺りを見渡す。

そこは見覚えのある客室だった。

僕が土方さんと取引した結果、与えてもらった一室だ。


「お前は、必ず怪我してここに来るんだな。本当に、おかしな奴だ」


ベッドの脇に重厚そうな椅子を設置して、そこに腰掛けた土方さんが言う。

それで僕は、妙に優しかった斎藤君に保護されたことなどを、一気に思い出した。


「そういえば、…さいとう、くんが、」

「あぁ。斎藤たちに頼んで、ずっとお前を探してもらってたんだ。見つかってよかったよ」

「…さが、し…て?」

「あぁ………ま、お前が盗んでいった靴にGPSがついてたから、圏内に来たらすぐに分かるようになってたんだが」


なんだ、僕2つもGPSをつけられてたのに気づかなかったんだ。

まだまだ未熟だ。


「……あの、さいと、くんて、…ふたり、います?」

「あぁ?なにバカなこと言ってんだよ。居るわけねぇだろうが」

「だって……すご、く…やさしかった」


あの斎藤君は、斎藤君じゃないみたいだった。

僕のことを疫病神と言った彼と、同一人物だとは到底思えない。


「斎藤は、元から優しい奴だ。お前との出会い方が最悪だっただけで、仲間にはいつだって温厚だ」

「だから、それがおかしい、って。ぼく、は、なかまじゃな…げほっ」


一体どのくらい意識がなかったのか、ただ喋るのにも一苦労だ。

喉が掠れて、声が上手く出ない。

返事を期待して土方さんを見上げたが、彼は何も言ってくれなかった。

その肯定とも否定とも取れない態度が、僕の心を苛む。


「な…で、助けたりした、の」


僕はあの時、死ぬ覚悟だった。

井吹くんにも謝って、死んで母さんに会いに行くつもりだった。

それなのに。

思わず呟くが、土方さんにまた誤魔化される。


「余計なことは考えねぇで、元気になるまでゆっくり寝てろ」


そう言って髪を撫でられ、その手で目蓋を閉じられてしまった。

あったかい。

目がジーンとする。

これなら、久しぶりに安心して眠れるかもしれない。

だってもう何週間も、ずっと牢屋の冷たい床で、脱走するチャンスを伺いながら寝てたんだから。

僕が力を抜いたのが分かったのか、土方さんがすっと手を退けようとする。


「…おねがい……行かな、…で…」


どこか意識が朦朧としている所為か、思わずそんな本音が漏れてしまった。


「大丈夫だ。ここにいるよ」


髪の毛を梳きながらそう言ってくれた土方さんに疑問を感じつつも、今は彼の優しさに甘えておくことにした。




*maetoptsugi#




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