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次に目が覚めたとき、部屋には僕しかいなかった。

行かないって言ったのに、土方さんはやっぱり薄情者だ。

起き上がる元気もないまま、怪我の具合を調べる。

左足を動かそうとしてみたが、ぴくりとも動かなかった。

これは…………麻痺したんじゃなくて、麻酔が効いてるんだと信じたい。

布団を捲って傷口を覗き込むと、清潔そうな包帯が幾重にも重なって巻かれていた。

やっぱり、手当てしてくれたんだ。

なんで、僕にここまでしてくれるんだろう。

僕が命を守ったから?

でもそれだって一度きりのこと。

土方さんがここまで恩を感じているとも思えない。


(気味悪いな………)


人の優しさをすぐに勘ぐって、裏があるんじゃないかと疑ってしまう、この癖。

それが少し嫌だけど、そうやって育ってきてしまったんだから仕方ない。

人にこんなに優しくしてもらったのは初めてだし、素直になんか受け止められるわけがない。


(また、事後承諾で取引だとか言われたらサイアク………)


一人思い、溜め息を吐いた。

僕はいつまで利用されなきゃいけないんだろう。

レジスタンスの連中にも利用され、土方さんたちにも利用され。

あぁ、井吹君は僕のこと、利用したりしなかったっけ。

むしろ僕が利用したというか……。

そこまで考えて、井吹君がどうなっているかを想像したら、吐きそうになった。

嫌だな、僕は何で生きてるんだろう。

一人でのうのうと生き延びて、井吹君のことを見捨てて。

あの時井吹君に気圧されて別れてしまったことが、ずっと心をじくじくと痛めつけていた。

人を犠牲にしてまで生きていたくないのに。


そんなことを思っていたら、しばらくして斎藤君が入ってきた。


「起きていたのか。具合はよくなったか?」

「うん、まぁ。……土方さんは?」

「土方さんなら執務中だ。それより、食事を用意したのだが、食べられそうか?」

「え、あ、………うん。おなかすいた」


それから斎藤君はあれやこれやと世話を焼いて、僕の体を起こすと、消化に良さそうなスープの器を渡してくれた。


「ありがと…………」

「今回はさすがに減らず口を叩く元気もないようだな」

「そうでもないよ。僕は疫病神だから、減らず口なんて、叩いてなんぼだよ」


当てつけるように言ってみると、斎藤君はパンを用意していた手を止めて、こちらをじろっと睨んできた。


「……………何で睨むのさ。君が言ったことじゃない」

「……………あれは、すまなかったと思っている」

「うそだぁ」

「土方さんに教えていただいたのだ。あの時殺されかけた土方さんを守ったのは、あんただと」

「あぁ……そういうこと」

「俺はあんたの真意が分からない上、微塵も信用などしていないが、俺にも守りきれなかった土方さんを守ってくれたことは、感謝に値する」


要するに、斎藤君の敬愛してやまないご主人様を守ったから、斎藤君の中で僕の株が少し上がったわけだ。

それでもまだ微塵も信用できないってことは、僕、今まで斎藤君にどんな位置付けをされてたんだろうね。

それを想像すると少し恐ろしい。


「別に、感謝なんかしてくれなくていいよ。あれは不本意だったし、どちらかというと事故だから」

「あんたはまたそんなことを……!」

「大丈夫だよ、やきもきしなくても。土方さんには何にもしないし、僕、またすぐ出て行くから」

「待て。それは許さん」

「なんで。僕が土方さんにご厄介になれるような身分じゃないことくらい、知ってるでしょ?」

「だが、これは土方さんの命だ。出て行くことは許さん」


許さん許さんって、そうは言われてもさ。


「じゃあ聞くけど、どうして土方さんは敵に塩を送るような真似をずっとし続けてるわけ?おかしくない?僕が誰だか知ってるんでしょ?」

「…………それは、俺にも分からぬ。しかし、土方さんに何かお考えがあってのことだと信じている」

「はぁ………盲目的だね」


強がってはみたものの、内心不安でいっぱいだった。

やっぱり、僕を匿うデメリットこそあっても、メリットなんて何もない。

それなのに土方さんがわざわざ僕を連れ戻すなんて、裏があるのだとしたら本当に恐ろしい。

そのうち警察にでも突き出すつもりだったりして。


「……俺にも、土方さんは何もおっしゃらなかった。ただ、あんたを陥れようとしている訳ではないことだけは分かる」


急に黙った僕に、斎藤君が弁解じみたことを言う。


「なんで分かるのさ」

「殺すおつもりならとっくにやっているはずだし、土方家にはあんたの懸賞金など必要がないし、……まぁ、理由は山ほどある」

「ふぅん………」


差し出されたパンを咀嚼しながら、斎藤君の話はもっともだと合点した。


「そんなことを考えるより、あんたはとにかく怪我を治せ。山崎が上手く処置してくれたからいいものの、後少しで切断する羽目になるところだったのだぞ」

「はいはい。………あ、そういえば、ここまで僕を運んでくれたのは斎藤君?」

「俺以外に誰がいるというのだ」

「いや、いないよね」


斎藤君は、憮然とした顔で僕を見た。

相変わらずの仏頂面だけど、何だか今は親しみすら感じられるから不思議だ。

所詮、周りがどう見えるかなんて、自分の心次第なんだよね。

空は変わらずに青いのに、気分次第で爽やかにもイヤミなようにも取れたりする。


「…………ありがと」


蚊よりも小さい声で呟くと、斎藤君は聞こえたのか聞こえなかったのか、その仏頂面を守り続けた。

…けど、空になった食器を下げに出て行く時、どこか上の空で小さく躓いてたから、多分聞こえてたんだと思う。


「失礼します」


すると、斎藤君と入れ替わるようにして、今度は山崎君が入ってきた。

斎藤君だの山崎君だの、実に忙しない。

でも、久しぶりに顔を見たら懐かしくなって、どこか安心している自分に慌てた。


「沖田さん、足の調子はどうですか?」


あれ、呼び方が変わってる……


「沖田さん、て…?」

「………何か問題でも?」


相変わらずの事務的な口調に、これが彼なりの精一杯の譲歩なのだと知る。

名前で呼んでくれてもいいのに、と言いかけて止めた。


「ううん、ない。足も、痛くはないよ」


そう言って布団を捲る。


「ていうか、感覚がないんだけど。大丈夫?これ。動くようになるのかなー」

「感覚がないのはだいぶ強い麻酔を打っているからです。動かしたいのでしたら、麻酔を止めますが」

「え、麻酔止めたら痛いんでしょ?」

「まぁ…………死んだ方がマシな程度には」

「……………」


僕はまじまじと山崎君を見た。

やっぱり僕のこと虐めたいんだろうね、うん。そうとしか思えない。


「とりあえず包帯を取り替えますので」


僕は山崎君になされるがままになって、包帯の下から現れたなかなか酷い傷口から、目を逸らすこともできずにじっと見つめていた。


「…………僕ってどれくらい寝てたの?」

「まるまる二日ですよ」

「あれ、そんなもの?」

「二日も目を覚まさなかったらそれなりだと思いますが……」

「ふぅん、そうか。だからまだ傷口が塞がってないんだ」

「弾を取り出すだけでも大変だったんですよ。あなたはそれが分かっているんですか」

「まぁ……死ぬ覚悟はしてたかな」

「………………」


僕の言葉に、山崎君は黙って固まってしまった。


「でも、君のおかげで助かったよ」


慌ててそう付け足すと、これまた驚いたような顔をされる。


「沖田さんにも、感謝の気持ちがあったんですね」

「あ、当たり前でしょ。君、僕のこと舐めてるの?感謝の気持ちだけじゃなくて、思いやりだってなんだって、何でも知ってるんだ、………か、ら……」


そこで初めて、僕は土方さんの屋敷を目指していた大切な理由を思い出した。

……………………そうだ。

土方さんが、危ないんだった。

僕、何やってるんだろう。

井吹君を犠牲にしてまで、土方さんに危険を知らせに来たんじゃないか。

呑気に寝てる場合ではない。

早く、土方さんに伝えなきゃ。


「とにかく、安静にしていてください」


仕上げに丁寧な手つきで包帯を巻き終わると、山崎君はすぐに部屋を出て行こうとした。

その山崎君を、僕は慌てて呼び止める。


「あ、待って。山崎君、土方さんの執務室にはここからどうやって行くの?」

「執務室でしたら、部屋を出て、右の階段を……………って、沖田さん、まさかそこに行くつもりですか」

「いや、別に」

「お願いですから安静にしていてください!何度言ったら分かってくださるんですか!!」

「分かった!分かった、もう言わない」


慌てて山崎君を宥めながら、確か執務室は屋敷の上の方だったなと思案する。

そんな僕を山崎君はじとっと睨みながら、ゆっくりと部屋から出て行った。

足音が遠ざかっていったところで、僕はガバッと布団を捲る。

高さのあるベッドから飛び降りて、ケンケンでドアまでたどり着いたところで、突然ドアが外側に開いた。


「ぎゃっ」

「沖田さんっ!!!」


そこには、般若の顔をした山崎君が立っていた。


「うわ……………サイアク」


ほんとよく躾られてるよね、この人たち。

僕、行動を読まれすぎだ。

そのまま僕はズルズルとベッドまで強制連行されて、「拘束されたくなかったらじっとしていてください」と冷ややかな声で言われてしまい、渋々布団にくるまった。


「ねぇ、お願い。土方さんを呼んでくれない?僕、どうしても伝えなくちゃならないことがあるんだ。ちゃんと大人しくしてるから、さ?」

「ダメです。土方さんはお忙しいんです」

「じゃあ、伝えてよ。土方さんに、危険が迫ってるって。沖田が言ってたって、伝えてよ」


布団から身を乗り出すようにして、山崎君に懇願する。


「嘘じゃないから。ほんとにほんとだから。ね、伝えるくらいいいでしょ?僕、それを伝えるために、ここに戻って来たんだから」

「…………………………わかりました。伝えるだけ伝えておきます」


淡白にそう言うと、山崎君は呆気なく部屋を出て行ってしまった。

え、ちょっと。そこは血相を変えて「沖田さん本当ですか!?」って叫んで走っていくところじゃないの?

僕は拍子抜けして、閉じられたドアを見つめる。

大丈夫かな。ことの重大さが伝わってないのかな。

こうしている間にも、土方さんが狙撃されちゃったりしてないかって、すごく心配なんだけど。


「…………やっぱり行こう」


二度あることは三度あるけど、一度じゃ二度目があるかどうかは分からない。

今度は慎重にベッドから降り、家具に捕まりながら、僕はそっとドアに近づいた。




*maetoptsugi#




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