名前がいねぇ。
さっきまで甲板で一緒に昼寝してたのに、おれが起きたときにはいなくなってた。

今は海の上だし船の上にいることは確実なんだけど、今の名前は10歳、船内で迷ってる可能性もある。

見渡した限り甲板にはいなさそうだ。ってことは船内か。

とりあえず名前が行きそうな場所として部屋と食堂を見ていくがそこにも見当たらない。ナースたちんとこか?


「いいえ、ここには来てないですよ?」
「そっか…」


医務室の扉を開いたミラノに不思議そうに見詰められる。
いなくなったんですか?と少し心配そうに尋ねられるが、ただ見失っただけだと説明すれば安心したように微笑んでくれた。


「ここに来たらエース隊長のところに行くように伝えますね」
「あぁ、頼む」


バタン

医務室から出てその扉が閉まれば、船の奥にあるこの医務室前の通路はとても薄暗くなった。


「一体どこ行ったんだ…」


なんとなく足を進める。


「んーー…」


甲板も医務室も食堂も部屋も、見て回ったがどこにもいない。
目ぼしい場所はもう浮かばない。10歳の名前が行きそうなところ…。
マルコんとこ…?

今の時間なら……

ぐぐぐっと頭を捻って考える。普段こんなに頭を使うことがないから熱が出そうだ。

……操舵室か!!

安全な航海のため航海士たちと操舵手がいる部屋。マルコは一日に一回は必ず顔を出して進路の確認をしている。
きっとそこにマルコはいるはずだ!


操舵室の扉の前、佇む小さな名前が見えてさっきの自分の考えが間違いじゃなかったことに自分で感心した。だが、扉の前から動こうとしない名前の表情は何やら暗い。

扉に背を預けて床を見つめている。そのせいでおれが来ていることにも気づいていない。
もしかして部屋に入り辛いのか…?
とりあえず声をかけようと近づいたところで操舵室の中から声が聞こえておれは思わず立ち止まった。


「最近マルコ隊長名前にかかりきりだよなぁ」
「あぁ、確かに昨日も今日もここに来てねぇし」
「なーんか仕事が疎かになってるって感じ…」
「わかる。おれ達は完全に放置されてる」
「名前っていつまであの状態なんだろうなぁ」


その内容はまるで名前のせいでマルコが仕事できてないみたいな言い方だった。
もちろん離れた場所にいるおれにすら聞こえてるんだから扉の前にいる名前が聞こえてないはずない。だんだん、名前の表情が絶望じみたものに変わっていく。
大きな目には涙が溜まってるのが見えた。
それを袖でゴシゴシと涙を拭うと、そのまま足を扉とは反対へ向けてその場から離れていった。

おれはこんなことを言ってる奴らに一喝いれてやらねえと気が済まねぇと扉を睨んだが、ドアノブを掴もうとした手が止まった。


「やっぱ名前とマルコ隊長がいないとおれ達だけじゃ大変だよな」
「あの二人がすごすぎんだよ」
「今の名前もすげー可愛いいけど、やっぱいつもの名前がいいよなぁ」


操舵室から聞こえてきた声は決して名前を邪険に思ってるとかじゃないとわかったから。
それになによりこいつらの言ってることに少なからず共感できたからだ。
10歳の名前と関わることで当時の名前を知りたいと思ってた。少しでも名前が楽しく過ごせるようにって。けどおれも心のどこかでは20歳の名前が恋しかったし、どうしても比べてしまってた。

今の名前には航海の知識もないし、能力も使いこなせてなくて、おれ達のことも知らない。
おれ達が感じていることは名前が今一番気にしてることだったはずだ。

2年前に名前が言ってた言葉を思い出した。

“自分も何か役に立たなきゃって思った”
“必要とされたくて…”

昔から周りの評価に敏感だったんだ、なのにさっきのような会話聞いちまったら…。


「お前ら…」
「エース隊長?」
「どうしたんすか?」


おれが勢いよく扉を開けたことで操舵室の中の視線が一気にこちらに向く。
こいつらに悪意はない。けど


「今言ってたこと、名前には言うなよ」
「え?」


おれの言ってる意味がわからないという表情を浮かべる航海士たち。
そりゃそうだ決して悪口を言ってたわけでもないんだから。こいつらだって名前が好きだから、早くもとに戻ってほしいんだ。
でも今は…


「今の名前は10歳だ。知らない自分と比べられるなんてやりきれねぇだろ…」


おれの言葉に航海士たちはハッとなったように黙った。


「今の名前にとってマルコは頼れる数少ない人なんだ。お前らも大変だろうけど、暫くは頼むよ」


おれの言いたいことが伝わったのだろう、部屋にいた全員がおれを見て頷いた。

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