モビーディック号に戻ってから丸一日が経った。
エースくんは変わらず眠ったまま。…だけど、握っている手から感じる温もりは、元のエースくんに戻ったように思う。
ナースさん達は頻繁に確認に来てくれ、たくさんの人たちがエースくんの様子を心配して会いにきてくれた。デュースさんはエースくんの心配よりもわたしの心配と言う感じで苦笑いが溢れたけれど。
みんな、エースくんを待ってるんだよ…。
「エースはどうだい?」
奥の扉から顔を覗かせたのはマルコさんで、首を横に振ると、そうかい。と、そばに置いてある紙を手に取った。いつもナースさんがそこに書き込んでいくから、きっとカルテなんだと思う。その紙に目を通すと、マルコさんは少し微笑んだ。
「体温は十分戻ってきたな、血液のデータから見ても正常に近づいてるよい」
「…そうですか」
よくなっているはずなのに、どうして意識が戻らないんだろう。沈んでいくわたしの頭にマルコさんは眉を下げて息を吐いた。ポンと頭に手が乗る。
「海虫以外のダメージも大きいからよい、ちょっと休ませてやれ」
確かに、エースくんと過ごしてきた期間。ここまでダメージを負っているのを見たのは初めてのことだった。いつも、どんな時も誰よりも最前線に出て、戦っていたのに大きな怪我も病気もしたことがなかった。今回の件で、わたしのために無茶をしてくれたんだ…。握っていた手をぎゅっと強める。
「大丈夫だよい、必ず目は覚ますから」
「…はい」
ポンポンとマルコさんの手が数回頭の上で跳ねて、最後に撫でて離れていった。
そのまま行ってしまうものかと思ったけれど、マルコさんはわたしの腕をとって包帯を確認した。
「名前の傷はどうだ?」
「わたしは大丈夫です」
「ちょっと、見せてみろ」
近くの椅子に座って向かい合うと、腕の包帯を解いていく。するするとガーゼが肌に当たって少しくすぐったい。晒された腕についた傷は昨日よりも随分小さくなっている気がした。きっと、マルコさんの能力のおかげだろう。大丈夫そうだ。と呟くと、手際よく傷を洗って、薬を塗って新しいガーゼと包帯を巻いてくれた。その最中、マルコさんはゆっくり口を開いた。
「名前が連れ去られた後、一番怒ってたのはエースだったよい」
「…え?」
作業を見ていた視線を上げるとマルコさんと目が合った。眉を下げて申し訳なさそうな表情をしていたことにわたしは少し驚いた。
「海軍の動きや目的がわからなくて、おれ達はどう動くべきなのか止まっちまった。名前が危険な目にあってるのに、白ひげ海賊団として考えなしには突っ込めなかった」
その包帯をテープで止めて処置を完了したマルコさんは、真剣な表情でわたしを見た。
「悪かった」
「……っ!」
スッと頭を下げられて、マルコさんの顔が見えなくなって、その様子がやけにスローモーションに見えた。
マルコさんの話は当然だと思った。白ひげ海賊団は世界に名の轟く四皇の一団なのだ。簡単に動けるはずがない。わたし一人のために世界の均衡を崩すことなんてあってはならないし、マルコさんの白ひげ海賊団の一番隊隊長としの決断が何を意味するのか、それは理解しているつもりだった。それでもこの人は…。
「あの時エースが行ってなきゃ、名前は無事で済まなかったかもしれねぇ」
「マルコさん…」
苦しそうに声を出すマルコさんの肩に手を置く。ゆっくりとマルコさんが顔を上げて、その瞳と目が合う。こんなにも大きな海賊団全体のことを考えなければならないのだ、もっと非情であってもおかしくない。わたし一人くらい切り捨ててもいいくらいなのに、こんなにも悩んで、苦しんでくれていたなんて…。
デュースさんが教えてくれた。マルコさんはわたしのことを考えながら、白ひげ海賊団のことや世界のことで揺れていた。それでも、海軍の目的がわかるとすぐにわたしの救出のために動いてくれたと。
「あの時マルコさんが見つけてくれなかったら、エースくんもわたしも無事に戻ってはこれなかったです。本当にありがとうございました」
もし、無事に戻って来れてなくても、わたしのためにエースくんが、みんなが動いてくれたということを知れただけで、わたしは幸せだったと思えたかもしれない。でも、やはり、ここに帰って来れて、温かい家族のみんなと、マルコさんといられることが何よりも幸せだと実感したのだ。
「ただいま…!」
わたしの言葉にマルコさんが驚いたように目を見開く。だけどすぐに目尻が下がって、マルコさんに手を引かれ、抱きしめられる。頭に手が乗って、軽くポンポンと叩かれた。
「おかえり、名前」
マルコさんが去って、また静かな空間に戻った。去り際にマルコさんに食事をとっているのか確認されたけれど、言ってもわたしが聞かないだろうと気付いているのか、休めとは言われなかった。
せめて、目が覚めるまではそばにいたい…。
「エースくん…」
早く、早く戻ってきて……
たくさんの人が会いに来てくれた。スペードのみんなも心配している。エースくんが死ぬはずがないのはわかってる。それでも、いつものエースくんをみんな待ってるんだよ。
その時、ぴくりと握っていた手が動いた気がした。
「エースくん…?」
まさかと顔を覗き込むと、ふるりとまつ毛が揺れ、ゆっくり、ゆっくりと、その瞼が開いていった。
「エースくん…!!」
「……っお!」
黒い瞳と目が合って、思わず飛びついてしまった。
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