霞んでいく視界の中、ちっせぇはず名前の背中はやけに大きく感じた。

これまでの名前は、決しておれ達と並ぼうとはせず、ただ黙ってついて来るだけ。
そんな名前がおれの前に立って、覚悟を持っておれを守ろうとしてくれた。

そんな姿を見ていると、今までの自分が情けなくて仕方なくなった。いつまでも中途半端なのはおれだけだ。名前はおれが思ってるよりも、ずっと強くなってたんだ…。

…身体が重い。思うように動かない。こんなにも身体の不調を感じたのは初めてだ。おれ、死ぬのかな。名前がおれを呼ぶ声が聞こえる。それもだんだん遠くなってって、ついには聞こえなくなった。


…夢を見た。


おれはどこかの山の中に立ってた。とても見覚えのある場所で、やけに懐かしい。


コルボ山…?


木や岩の配置、そこで何年も暮らしたんだ間違えるはずがない。でも、違うことと言えば人の気配が全くないことだ。

これ…、なんだ…?走馬灯?…案外地味だな。

サボとルフィと3人で作った秘密基地、修行した岩の前、海岸、ダダンの家、そのどれもほんの数ヶ月前までそこで暮らしていたのが信じられないくらい昔に感じた。


『ぐすっ…、っ…』


突然、どこかから、誰かの泣いてる声が聞こえた。それが誰のものか、すぐにわかってその人物を探すけど、見当たらない。木の陰、岩の後ろ、……見つからない。


すぐにそばに行ってやりたいのに。


走り回ってやっとその姿を見つけたのはコルボ山を降りていく坂。フーシャ村へ続く道の途中でうずくまる小さな体を見つけた。

思わず足が止まる。…思い出した。
おれは前にこの光景を見たことがある。

サボが殺された日だ。

何も知らない名前に、おれは何も言わなかった。泣きじゃくるルフィと、ただただ無力な自分に苛立っていたおれ。その状況に困惑していた名前は、何も言わずこの道を通って村へと帰っていった。その時の後ろ姿をおれは見ていた。

あの日を境に名前はここには来なくなった。


もしかして、あの時も…、こうやって一人で泣いてたのか…?

もしあの時、名前を追いかけて、サボがいなくても大丈夫だって、おれがいるって言えてたら何か変わってたのか。今となってはそれもわからない。


「名前…」


正面に回って視線を合わせるようにしゃがみ込む。手の甲で涙を拭ってるけど、大きな瞳からは止まることを知らないように大粒の涙は溢れていて、何度も何度も繰り返していた。おれは、その小さな体を腕の中に包み込んだ。


「うぐっ……さぼ…くんっ…」


泣きじゃくる小さな名前は子どもの頃には見たことない姿で、いつもおれらの前では強がって、ほんとはずっと弱いのを見せてなかっただけだったんだ。でも正直、サボを思って泣く名前の姿なんて見たくなかった。


「おれがいるだろ…」


あの時言えなかった言葉を口にすれば、名前が腕の中から顔を上げた。それは現在の姿の名前で、思わず動きが止まる。最後に見た名前と同じように泣き腫らした顔でおれに縋る。


「エースくんはっ…どこにも…いかないで…」


懇願するような名前の言葉にギュッと抱きしめる力を強めた。おれだって、名前のそばにいたい。

けど、おれは…もう……。

その瞬間ぐわんっ!と頭が回る。身体が重くて、視界が真っ暗になった。


どこかで、おれの名前を呼ぶ声が聞こえる。その声はとても穏やかで、心の中にじんわりあったかい何かが広がっていく感覚。ぼんやり意識が浮上するが、動かせるのは指先だけだった。


「エースくん…?」


ゆっくり、瞼が開く。目の前には名前が今にも泣きそうな顔でおれを覗き込んでいた。


「エースくん…!!」
「…っお!」


がばっ!と勢いよく名前が飛びついてきて、体に名前の重みが乗る。左肩の傷がズキッと痛んで一瞬だけ顔が歪んだ。でもすぐに名前の匂いに包まれて力が抜ける。耳元で鼻をすする音が聞こえて、また泣いてんのかとその頭に手を乗せた。


「よかったっ…!」
「はは…、おれは死なねぇよ」


正直、死期を悟って走馬灯まで見てたけど、それは言わなかった。こうしてまた、名前と会えたんだから。

名前はおれの首元に顔を埋めて小さく泣いている。さっき見えた瞳、あの時引いたと思った腫れが戻ってて、今度はおれのために泣いてくれてたのかと愛しさが募る。未だにおれの首元に顔を埋める名前の髪をゆっくり梳いた。


「もうっ…、どこにも行かないで…」


くぐもったその言葉に夢の中の名前の言った言葉と重なって手の動きが止まる。夢では返事できなかったその言葉、おれは覚悟を決めなきゃならねぇ。両腕を名前の背に回してギュッと抱きしめた。


「もうどこにも行かねぇ、ずっと名前のそばにいる」
「うん…」


名前は頭をふるふると縦に振った。腕の力を弱めて、起き上がる。向き合うと、前と同じくらいぐしゃぐしゃの顔にふっと笑みが溢れた。両頬に手を添えて包み込むと、名前は少し首を傾げておれを見ていた。もう、逃げない。


「名前…、好きだ」


時が止まったかのように、瞬きもせずに固まって、その大きな瞳を揺らした。おれががっちり掴んでるから顔を動かせずに視線を彷徨わせる。


「ずっと昔から…、初めて会ったときから、好きだった」


名前の顔に熱が上っていくのを感じる。

今までいっぱい傷つけてごめん。困らせてごめん。中途半端でごめん。

彷徨う視線がおれを見る。逸らさないように強く見つめた。


「これからは、名前のことずっとおれが守る。お前の願いはなんだって叶えてやる。おれがずっとそばにいる、だから…

おれだけの名前に…なってください」


名前の目からぼろぼろとまた涙が溢れてきた。

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