昨日エースと名前が戻ってから、船は元の航路に戻り、日常が戻ってきた。食堂に入ってきて厨房前のカウンターに腰を下ろしたのはデュース。


「おぉ、エースは目覚ましたか」
「いや…」
「名前は?」
「ずっとついてる」


普段医務室を出入りしているデュースに尋ねるが、エースの容態に変化はないようだった。そして名前も、昨日からずっとエースに付きっきりだ。

マルコに聞いた話では、あのユマって海兵を倒したのは名前だろうって。護身術しか教えていなかった名前にそんなことができたのが驚きだが、きっとエースを守るために必死だったんだと思う。帰ってきた時の彼女の全身の傷がそれを物語ってた。あのひ弱な名前にそこまでさせたんだ、エースのやつも驚くだろうな。


「点滴も十分いってる、そのうち目覚めるさ、うちの船長はタフだからな」
「はは、そうだな」


一人で海軍基地に乗り込んで見事に名前を取り戻してきちまうくらいだもんな。そう簡単にやられてたまるかってんだ。

デュースと顔を見合わせて笑った。

今朝の新聞を広げて目を通すデュースにコーヒーを出してやる。


「載ってねぇだろ?」
「あぁ、マルコ隊長の見立て通りだな」


こんな大騒動。一面に乗ってるものかと思ったが、片隅にも載ってねぇ。やっぱりマルコの予想通りだった。ユマって女海兵の独断でやったことなら、これは海軍側の失態。それに脱走までされてるんだ。世界政府がそんなニュースを世に広めるわけがなかった。
いわゆる揉み消しだ。おかげで大ごとにならずには済んだが。

デュースはコーヒーを口に含んだ。


「…名前の名が世に広まらなくてよかった」
「はは、確かに」


もし名前に懸賞金なんかかけられていたら、今後もあの子の身に危険が及ぶ可能性が高くなる。それに、あんな可愛い子だ、ファンがついても困るしな。
ま、一番困るのはエースだろうが。



「名前になんか持ってってやろうかな」
「あぁ、少しは休むように言ってやってくれ」


おれが言っても全然聞かない。と、ぼやくデュース。


「はは、だったらおれが言っても一緒だろ」










「入るぞー」


医務室の扉を開けば、時が止まったように感じるくらいに、昨日と全く同じ構図。ベッドに眠ったままのエース、そしてそのすぐ横の椅子に座ってる名前。エースの手を握って、じっと口を噤んでその顔を見つめてる。

おれが呼びかけると、ハッと振り返った名前は、サッチさん。と口を開いた。


「なんも食ってねぇだろうからさ、持ってきた」


コーヒーとサンドイッチを乗せたトレーを見せれば、ありがとうございます。と小さく微笑んだ。ベッドサイドの机にそれを置いて、おれも近くの椅子に座った。名前がコーヒーを啜ってサンドイッチを口に入れたのを見て一安心。ちゃんと食べる気はあるようだ。

椅子をエースの側へ寄せて、その顔を覗き込む。ところどころに傷はあるが、糸が切れたように眠る表情は昨日と変わらず穏やかだ。だけど、目に入った肩の包帯には血が滲んでいた。エースは自然系だ、撃たれるのなんて久しぶりだったろうな。おれは能力者じゃないから、能力者が海水に浸かった時の脱力感とかどんなものなのかはわからない。けど、温泉に行った時のマルコやジョズなんかのぐだぐだ具合を見ると相当なもんだなと思ってた。能力だけじゃなく元の身体能力さえ制限がある状態だったってこと、そんな状態で名前を取り戻してくれたんだな。
自然と眉が下がって、口が開いた。


「名前を助けてくれてありがとな」


おれの言葉にもちろんエースは反応しない。だけど、横にいる名前が動きを止めておれを見た。

情けない話、もし、あの時エースが行かなかったら、名前が無事だった確証はない。おれ達が敵の目的だの世界の均衡だの言ってる間、エースだけは名前のことを一番に考えてたんだ。

視線を名前へと移すと、まんまる、驚いている瞳と目が合う。

いくら訓練してたと言えど、海兵に囲まれた状況で、怖かったろうに。エースを守るために、彼女が勇気を出してくれた。こんなに傷だらけになって…、守られるべきはずの女の子なのに。


「名前、エースを助けてくれてありがとな」


名前は手に持っていたサンドイッチを一度皿へ置くと、両手を膝の上に重ねて置いた。おれと向き合ってじっと見つめられる。


「わたしの方こそ、助けていただいて、本当にありがとうございました」


スッと綺麗に下げられた頭に、なんか胸がぎゅっとした。ちょっと視界が歪んだのに気付いて上を見る。

二人が無事で本当に良かった。
間に合わないなんてことにならなくて本当に良かった。
家族を失うことにならなくて本当に良かった。

名前が無事で帰ってきたことも、エースが無事なことも、この二人がお互いのために頑張ったからで、おれ達が後悔しなくて良かったのはこの二人のおかげだ。


「二人が無事で本当によかった」


小さな頭に手を乗せてぐりぐりと撫でつける。ゆっくりと上がった顔にニッと笑顔を向けた。
もう大丈夫だ。もう二度とあんな危険な目には合わせない。これからはおれ達が必ず守る。エースも名前も、これからは白ひげ海賊団で、みんなで守るんだ。

名前と微笑み合って、エースへと視線を戻す。


「にしてよく寝るなぁ。ま、元々よく寝るやつだけど」
「あはは、そうですね」

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