きみのね | ナノ
彩られた世界

「よお」
「……あれっ?」

今年もまた、私のだいすきな季節がやってきた。
花が咲き、動物が、虫が目覚め、世界が命で溢れる。

朝起きて、朝ごはんを食べて、中庭に行ってエドとお喋りをする。
これが私の最近の生活パターンだ。
彼とお話をするのは楽しい。
診察の時に骨折した腕を思いっきり握られて痛かった、とか
今日の朝ごはんは珍しく美味しかった、とか。
他愛のない話だけど、今までずっと一人でいた私にとって、彼の話はどれも新鮮で、どれも楽しかった。

今日は朝ごはんに牛乳が出た。そういえば彼は牛乳が飲めないらしかったけど今日は飲めたのかな。
中庭に行ったら聞いてみようなんて考えていたら、思わぬ訪問者がひょっこり顔を覗かせたもんだから、私はすっとんきょんな声を出してしまった。

「エド!」
「はよ、名前。」
「えっ」

どうしたの、と言いかけた所でぐっと言葉を飲み込んだ。
エドが半分程開けていたドアを引いて、私の病室に一歩入る。
彼は私服を着ていた。
私服、というよりはもっとカチッとしたフォーマルな服で、上にはフードつきの赤いロングコートを羽織っている。

「あ、退院するんだ?」
「おう。」
「おめでとう!」

よかった!
喜ぶ自分の中の隅っこで、黒いものが動くのを感じた。

そうだよね。
彼は病気じゃない。ずっとここにいるわけじゃないんだ。
当たり前の現実が目の前にやって来た。
ただ、彼と過ごしたこの3週間程が楽しくて、見失いかけていたんだ。

そんな感情を押し込めて笑おうとしたけど上手く行かなかったみたいで、彼は何を勘違いしたのか焦りながら、ちがう、本当は昨日ちゃんと言おうとしたんだ、と言った。

「その…タイミングが……。」
「え、いやそんな、全然。もう腕は平気なの?」
「ああ。骨折は久しぶりだけど、ちょっと今回は回復長引いたな。」
「今回、は?」

なんと。彼は定期的に怪我を負っているというのか。どんな生活を送っているのやら。
そう言えばと視線を下に降ろしていく。今は服の所為で分からないが、彼の右腕を左足は機械鎧だった。失礼かとおもって今まで触れずにいたが、それも何か関係があるのだろうか。

「あれ、言ってなかったっけ?」

何を、と訝しげな表情を浮かべる私を一瞬見てから、エドは両手を合わせると、床に勢い良くそれぞれの掌を叩きつけた。
エドが光に包まれる。
予想だに出来なかった光景とあまりの眩しさに、私は目を瞑ってしまった。
こと数秒。
名前、と私の名前を呼ぶ声がして再び目を開けると、エドの顔がすぐ近くにあって少々驚いた。

「オレ、国家錬金術師なんだ。」

彼が差し出した手の上には、床から錬成されたチューリップの置物があった。
てのひらほどの小さなそれを静かに受け取る。
石で出来た白い置物を私は色んな角度から眺めた。

「可愛い!」
「良かった、つってもこれアルのデザインなんだけどな。」
「え?」

あいつオレのはセンスがないって没にしやがってよー
ベッドの近くにある椅子に腰掛けながらエドが項垂れた。
私の為に前から考えてくれていたと、自惚れてもいいのだろうか。

久しぶりに誰かからもらったプレゼントは、思っていた以上に暖かかった。

思えば彼と出会ってからのこの3週間は、目に入る全ての物が暖かくて、生き生きとしていて、輝いていた。
毎日が楽しくて、夜眠る時も明日が待ち遠しかった。
彼がいなくなったら、
そんな言葉を思い浮かべてから、急いで思考を止める。
彼が回復したのは勿論嬉しい。よかったと思う。
でも、会えなくなるのは悲しかった。

「それでさ、」
「うん?」
「その……また、来ていいか?ここに。」
「………え?」

ふわり
瞬間、心の中に色が広がる。
まるで絵の具の付いた筆をちょん、と水につけた時みたいに。

思いがけない言葉に、私は一瞬固まってしまった。

「それはあの、も、勿論。」
「やった!」
「え、と、あの」
「名前、花好きそーだから、今度何か持ってくるな!」
「う、うん」
「あーでもオレそういうの疎いからなあ。」

ふわり、ふわり、ふわり
赤の次はピンク、黄色、水色。
次々に色が溢れていく。色んな色が広がっていって、混じり合う。決して淀んだ色にはならなくて、どんどん輝きを増していく。
ぱっと窓の外に目を向けると、青々とした空を優雅に鳥が飛んでいた。

そっか、空って青かったんだっけ。

自分でも何言ってんだって思うけど、私はこんなに鮮やかな色を何年ぶりに見たんだろう。
彼の言葉も耳には入らず、私は空を見つめたまま呆けてしまった。
誰かと一緒にいる毎日は、こんなに明るい。

エドと出逢ってから、知った感情。

「・・・名前?」
「あ、え、何でしょう?」
「聞いてなかった!」
「ご、ごめん・・・。」

まじかよ!
彼はむすっと口を尖らすが、すぐに笑った。

神様御免なさい。
私はずっと思ってきました。
誰かに置いていかれる世界はこんなにも苦しい。
だから私は、私位は、って。

でも駄目みたいです。
伸ばされた手を、無意識的に掴んでしまった。
それがあんまりにも暖かくて、綺麗だったから。

私は、思っていた以上に愚かな人間だった。



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