きみのね | ナノ
I took her in my arms.

空が厚い雲に覆われて、濁った灰色がオレの心をも憂鬱にする。
大きな雨粒が地面に落ちて辺りに跳ねる。
病院まではもう少しだ。

退院してから1か月程の時が経った。
相変わらずオレは賢者の石の情報が入るとすっとんでいき、結局収穫は得られない、という毎日を送っている。
そんなわけでアメストリス国中を旅している為、名前に会えるのは精々週に一、二日程度でしかなかった。
あれから名前は大分明るくなったと思う。
あいつは正直な奴だから、顔を見てれば何考えてんのかは大体分かる。詰まる所、彼女は嘘をつくのが下手って訳だ。

今日は花屋に寄れなかった。

雨音が耳に木霊して、ぼーっとした感覚に襲われる。
次に決まって来るのは眠気だ。
いかんいかんと頭をぷるぷる振ってオレは勢いよく走りだした。
思いっきり水溜りを踏んでしまって靴の中に水が染み込む。
それでも止まらない。
久しぶりに会えるんだ。早く、早く、彼女の元へ。



「!」

雨水を落としてから院内へ。
すれ違う医者や看護師に挨拶をしつつ、早足に名前の部屋へと向かう。
ノックしようと拳を作った所で、オレは手を止めた。

〜〜〜〜〜〜♪

お、歌ってる……
名前はオレが会いに行く時はたいてい歌を歌っている。今日もそれは例に漏れない。
いつもは歌詞のついている曲を歌っているのに、今日はメロディーだけを口ずさんでいた。
こんな曇天でも、彼女の声には相変わらず透明感がある。

しかし、やけに明るい曲だな。
飛んだり跳ねたり、今日は機嫌がいいのかな。

オレは止めていた手を再び動かした。
規則正しく軽快な音を二回ほど鳴らすと、声は止まってしまった。

「どっ、どうぞ」

いつもと同じ、恥ずかしそうな返事がドアの向こうから返って来る。
思わず笑みをこぼした。
扉を開けると、予想通り彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてベッドに座っていた。

「エド!い、今の聞いてないよね?」
「なんかやけに明るかったけど、今日なんかあんのか?」
「も、もう……。」

頬をぷくっと膨らませて名前は顔を顰める。
彼女はその表情を崩さないまま、雨だから、と呟いた。

「雨だから?」
「看護師さんがね、気分がどんよりするって。だから、明るくしてあげたいなって思って。」

練習してたんだけど、
そのまま彼女は語尾を濁す。言葉は終止符を打たれる前に消えてしまった。
変わらない名前の姿にオレからはまたも笑みが毀れた。
さっきまでの憂鬱な気持ちが嘘みたいだった。
名前が歌ってくれた曲のお陰かもな。
そう言ったら彼女は更に顔を赤くさせてそっぽを向いてしまった。

窓には雨が打ちつけられている。
まだ昼ごろだっていうのに、外は暗く重たかった。

「そう言えば。」
「うん?」
「ここオレが来る時誰もいないけどさ、友達とか親とか、いつきてんの?」
「来ないよ。」
「え?」
「いないの。」

単純に疑問に思った事を舌に乗せた。乗せてから、後悔した。聞いてはいけないことだったのかもしれない。
しかし名前は意外にもあっさりとした表情で言葉を返した。
恐らく嫌な気持ちにはなっていない、ということだろう。

「私はずっと家の中で過ごしてきたから、友達はいなかった。」

家は、言っちゃえば結構なお金持ちでね。
聞いた事位あるんじゃないかな、セントラルの大商人フューストって。
家の中ではずっと一人で、お勉強ばっかりしてた。それが当たり前の日常だった。
それでもね、私はお父さんとお母さんが大好きだった。お母さんはいつも優しくしてくれたし、お父さんはたまにしかない休日を私の為にって行っていろんな所へ連れて行ってくれた。
それでも、三人一緒に出掛けるってことはあんまりなかったの。
あんまりっていうか、私の記憶の中では1回なんだけど、小さい頃はよく出掛けてたみたいだから。
その記憶にある1回がね、ここに来た記憶なの。
すっごく楽しかった。三人でピクニックみたいにお弁当を囲んで、原っぱでどろんこになってお父さんと遊んだ。
帰り、車まで戻る道ではお父さんとお母さんと手を繋いで、一緒に歌いながら歩いたの。
懐かしいなあ。
両親は2年前に亡くなった。事故だったの。
本当だったら、三人一緒に出掛ける、記憶に残る2回目になる筈だった日。
道中事故があって、お父さんもお母さんも私を守って死んだ。
その後私も病気になって、どうせならここの病院に入りたいなあって。
それで、ここに入院したの。

「……ごめん。」
「謝る必要ないよ。私が言いたいと思ったから話したんだから。誤魔化そうと思えばいくらでも出来たんだし。」

名前が困った様な表情をした。
オレは大きく息を吸うと、あのさと言葉を強く紡いだ。

「今度、オレの友達連れて来てもいいか?」
「エドのお友達?」
「おう。友達っつーか幼馴染だな。オレに右腕と左足をくれたんだ。」
「機械鎧の・・・。」
「……名前には、言うべきだよな。」
「え?」
「オレが、この腕と足になった理由。」



話してもいいか?
彼の問いに一瞬躊躇したが、私はゆっくり頷いた。


エドの過去は私の予想の範疇には留まらないものだった。

人体錬成。
リバウンド。
鎧の弟。
機械鎧の腕と足。
賢者の石。

そして、軍の狗に。

彼は話し終わった後、にかっていつもの笑顔を向けてくれたけど、心の中ではどう思っているのだろう。黒いものが渦巻いていて、飲みこまれまいと必死なんじゃないだろうか。
気付くと頬に何かが流れる感覚がした。

「名前!?」
「え?」
「な、何も泣くこたねーだろ……」

エドがおろおろと椅子から立ち上がる。
本当だ、私泣いてる。
そういうと彼はなんだそりゃって笑ってくれた。

「ごめんね・・・。」
「いや、いきなり話したオレも悪かったし。でも、やっぱ、暗かったか?」
「・・・違うよ。」
「え?」
「エドが、笑ったりするから・・・。」
「え!?」
「無理して、笑ってるでしょ?」



オレは吃驚してしまった。
名前が、オレのために泣いてくれている?
ぽろぽろと落ちてくる涙を必死に引っ込めようと名前は鼻をすすっている。
そんな姿がなぜか見ていられなくて、オレは無意識の内に彼女を抱きよせていた。
名前は一瞬肩を跳ねさせたが、すぐに安心したのかオレの腕の中に大人しく収まってくれた。
彼女の細すぎる体をぎゅっと抱きしめる。

「ありがとな。」
「ううん。……ねえエド、」
「?」
「私、会いたいな。エドの幼馴染さんに。」
「おう。連れて来る。」
「名前、何て言うの?」
「ウィンリィ。ウィンリィ・ロックベル。」
「ウィンリィさん。」

オレが名前から離れて顔を覗き込むと、彼女は嬉しそうに口元を綻ばせていた。
その表情にオレもつられて笑う。
ウィンリィさん、ウィンリィさん
さっきよりも明るくなったそのトーンで何度も繰り返す名前が、何だか可愛くて、幼く見えた。

「お友達になれるかなあ。」


気付けば雨はやんでいて、窓の外には青空が広がっていた。





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