緘黙された想い
名前が亡くなってから、1か月が過ぎた。兄さんはあの日以来、ホテルの部屋から出てこようとしない。
最初の内は仕方ないと思っていたけれど、食事はしているのか、体を壊していないか、それらがとても気になってきて、兄さんの様子を見に行こうとボクは決心した。
ボクは今まで、兄さんを気遣ってばっちゃんの家にお世話になっていたから、汽車に乗ってホテルに向かわなくてはならなかった。駅までの長い一本道を歩いていると、後ろから声を掛けられる。
「アル!」
「ウィンリィ」
「・・・あたしも付いてくわ。名前のお願いだもん。」
「・・・うん。」
まだ冷える季節が続いている。しかし時は流れ、直に雪解けの春がやってくるだろう。
そう、時間は待ってはくれないんだ。人はいつか死に、そしてまた新たな命が生まれてくる。
あんなにもせっかちだった兄さん。
そんな兄さんが、少しの時間も惜しむ様な人だった兄さんが、時の流れについていけなくなっている。
先へ先へって焦ってた頃とは全くの別人みたいに。
ボクはまた不安になった。
兄さんの泊まっているホテルに着くまでにはそんなに時間は要さなかった。
ボクはドアの前に立って、ドンドンと強く扉を叩く。
「兄さん、いるんだろう。」
「エド!」
ウィンリィがドアノブを回す。すると予想外なことに、部屋の鍵は開いていた。中は意外と片付いていた。机の周り以外は。
兄さんは机にかじりついて何かを書いているようだった。床に散らばっている紙を一枚拾い上げてじいと見つめる。そこには、見覚えのある錬成陣が書いてあった。
「兄さん!!」
これは、人体錬成の――――
「分かってるよアル。」
「え」
「名前を錬成出来る筈はないんだ。」
「兄さん。」
「人間は愚かだ。あんなに悔いた事を、また繰り返そうとしてる。」
兄さんはこちらを見ない。細々とした声で淡々と言葉を紡ぐ。
「これじゃあの時の理論と同じなんだ。何かが足りない。でも、それがなんなのかは分からない。」
「兄さ」
「エドの馬鹿!!!!」
鈍い音がして、兄さんが倒れた。ばさりと紙が舞い上がる。
ウィンリィが涙を流しながら兄さんを睨みつける。
「そんなことしてる暇があるなら、早く名前のお墓、行ってあげなさいよ!!あんたが落ち込んでるのを名前が望んでないことくらい、馬鹿のあんたにだって分かるでしょ!?」
「あ、ウィンリ・・・」
ウィンリィは走って部屋から出ていってしまった。
兄さんの顔が歪む。
「ボクもウィンリィと同意見だよ。」
ボクは机の上に置いた。名前から預かっていたものを。
「兄さん、ボクは名前が好きだった。」
「・・・え」
「勿論、友達としてなんかじゃないよ。」
ボクは兄さんを残して部屋から出た。ボクに寒いという感情は無いけれど、きっと今生身の体だったならそう感じるだろうということは分かった。
はは、ボクも大概馬鹿だな。
兄さんに打ち明けてどうするんだよ。
「名前」
ボクは、君の事がだいすきでした。
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