きみのね | ナノ
錯覚

「こんにちはーっと!」
「ウィンリィ!」
「名前!どう調子は?」

エドがお見舞いに来てくれた雨の日から1か月程経った。まだ夏には一歩届かないが、木の葉は青々としていて、季節が移った事を知らせてくれる。

ウィンリィに初めて会った時はガチガチに緊張してしまって、エドに思いっきり笑われた。
だって、こんなに可愛い子が来てくれるなんて思ってもいなかったんだもん!
長くて綺麗な金色の髪を靡かせて手を差し出してくれた時は本当に嬉しかった。
お話するのもとっても楽しくって、友達っていいなあとしみじみ感じたのを覚えている。それから彼女は頻繁に私の病室に足を運んでくれる様になった。
ウィンリィはリゼンブールで働いているらしい。
同い年の女の子がこんなに立派に働いているなんて!
お仕事のお話をするウィンリィはいつも楽しそうで、こちらも笑顔にさせてくれた。

今日も彼女は忙しい仕事の合間を縫ってやってきてくれた。

「ごめんね、忙しいのにいつも来てくれて……。」
「全然!名前と話すの楽しいもん。同年代の女の子と話せるなんてあんまりないからね。」
「え、そ、そうなの?」
「いーっつも仕事してるしねえ。たまに来る同年代はエドとアルだし。」

まったく潤いが足らんのですよ。
彼女は眉を下げながらため息をついた。

「そういえば、エド最近来た?」
「うん。一昨日来てくれたよ。」

彼は黄色のガーベラの花を持って来てくれた。
本人的にはよく分かっていないらしく、私に花の名前を尋ねて来た。

「やっぱりか!」
「え、どうしたの?」
「一昨日の夜ね。いきなりエドが泊まらせろーって押し掛けて来て。何でリゼンブールに?いつ帰って来たの?って聞いても何にも答えてくれなかったの。ばっちゃんもあたしもよく分かんないままでさ。」

ウィンリィが納得した様に頷いた。
そういえば一昨日は随分夜遅くまで引きとめてしまった。
彼が来る時はいつも旅の話を聞かせてもらうのだが、私の好奇心の所為でそれを長引かせてしまったのだ。
実に申し訳ない。

「うちに来てもさ、あいつ名前の話ばっかりするんだよ?」
「え」
「やっぱり名前に会いにいってたんだね。」

ウィンリィが茶化す様ににひひと笑った。

「エド、名前のこと大好きだからね!」

顔の熱が一気に上がるのが手に取る様に分かった。
それを彼女に悟られない様にと必死に口角をつりあげる。
エドに言わせると、私はどうやら作り笑いというものが下手くそらしいから。


だいすき
意味がどこでどう分かれるのかは私にはわからない、難しい言葉だ。
私は恋というものをしたことがないし、された事もない。
片思いというのがどんなものかも分からないし、両想いなんて想像もつかない。

でも、この熱は?
この前彼に抱きしめられた時の恥ずかしくて、でも嬉しい気持ちは?

これを恋と形容していいのか駄目なのか、私には経験がなさすぎて分からない。
ウィンリィは頭をぐるぐると回す私を見てクスリと笑った。

「私も、名前のこと大好きだよ。」
「……え?」

ぱっと見上げると、微笑むウィンリィと目が合った。
心がきゅうって縮こまる様な感覚がする。

「ありがとう。」

気付いたら目に涙が溜まっていた。
嬉しかった。本当に。

「私もウィンリィのこと、大好き。」

そういうと当然の様に返って来るありがとうの言葉に、私はまた泣きそうになった。




「名前」
「エド?」

日が落ちて来て、病室の白い壁は淡いオレンジ色に染まる。
今日も一日が終わる。
そんな当たり前の事に少し心を沈ませながら、私はガーベラの花をじっと見つめていた。
だからだろうか。私が聞きたいと思っていた声が、私の名を呼んだように錯覚してしまったのは。
けれどもそれは錯覚ではなかった。

彼が今、私の目の前にいる。

「どうして」
「用がなきゃ駄目か?」

意地悪そうに笑う彼の顔を見て、また胸が熱くなった。
まさか、とは思いながらも完全には否定出来ずにいたこの気持ち。
それが今、なんだか分かってしまったような気がした。

彼の金色の髪に夕日が当たって、柔らかく輝く。
それだけのことなのに、一々涙があふれそうになる。

分かってしまったなら、もう隠したままではいられない。
身近な人に置いていかれた苦しい世界を私はしっている。
彼に甘える訳にはいかない。
だって、それは

「エド」
「ん?」


あなたのことが


「私、もうすぐ死んじゃうの。」


だいすきだから。


「死んじゃうんだよ。」






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