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「中庭にケルベロスを呼んだ。直に到着するだろう」
 大股で歩くゲンの後ろを、俺とレンが早足でついていく。
「蓮二、ケルベロスって…頭が3つある犬の事か?」
「よく知ってるな、貞治。その通りだ。俺達が地獄へ行き、帰ってくるにはケルベロスの橇(そり)が必要なのだ」
「ケルベロスの橇?」
 そう俺が聞き返した時、ウオオオオン!!と俺達が向かっている方向から獰猛な獣の咆哮がたくさん聞こえた。その声に全身が粟立ち、身体が硬直する。
「着いたようだな」
 ゲンが中庭に通じるガラス扉を開くと、頭の高さが人の背丈以上もある、真っ黒い毛並みのケルベロスがいた。
「ウオオオオン!!」
 3つの頭が吠える。そのおぞましい声に俺は思わず耳を塞いだが、ゲンとレンは顔色1つ変えずに中庭へ出てしまった。
「早く来い、貞治」
「れ、蓮二!近付いて大丈夫なのか!?」
「問題無い。可愛いものだ」
 代わりに答えたゲンが、ケルベロスの頭の1つに近付き、顔を撫で始めた。すると鋭い牙を持った口を開き真っ赤な舌を出して、嬉しそうにゲンに大きな頭を擦りつけた。見た目に反して、人懐っこい…のかもしれない。
「お待たせしてん、はよ乗って下さい!」
 蓮二の横には、黒い忍び装束を着て、薙刀を持った黒髪の少年が立っていた。
 こめかみから短い角が2本生え、細長く尖った耳にピアスのような物がいくつか付いている。瞳の色は赤く、口元には八重歯が発達した牙のようなものも見える。鬼か悪魔のようだが、かなり人間に近い姿をしていた。
「すまん、いま行く!」
 ケルベロスの頭が全てゲンの方へ向いているのを確認しながら、俺は蓮二と少年の元へ駆け寄った。大きな身体の後ろで見えなかったが、犬ぞりに使うのような形の橇が、ケルベロスの胴体と太いベルトで繋がれている。
 少年は薙刀の刃先を、その橇へ向けた。
「はよそこに座ってや」
 俺と蓮二が座るとすぐに、少年は薙刀を橇の縁に収納して後ろに立った。
「ほな、行きまっせ」
 その声を合図に、3つの頭が再び吠える。ゲンが離れると、ケルベロスが空に向かって歩き始めた。その足跡で出来た空気の道を、橇が軽やかに滑る。
「この橇、空を飛ぶのか?!」
「ちゃうちゃう。時空っすわ」
 時空?と思って下を見ると、すでにゲンの姿は見えず、建物も橋も川も、何も見えなくなっていた。
 周りの景色が光の速さで変わり、太陽と月と星の軌道が、白い線になって空に描かれる。
「すごい…!」
「そうだ、紹介が遅れたな。彼は死神のザイゼン。こっちは人間の乾貞治だ」
「よろしゅう。自分から地獄に行くやなんて、変わってんな?」
 橇の後ろに立つザイゼンに、俺は顔だけを向けて話しかけた。
「正直、行きたくはないな。でも俺の大切な人、悪魔のせいで地獄へ連れていかれたかもしれない。だから探しに行くんだよ」
「そら難儀や。はよ見付かるとええな」
「なあザイゼン。地獄とはどんな場所なんだ?本当に血の沼や針の山があるのか?」
「あらへん。なんや血の沼って?」
「いいか貞治、俺達が行く地獄というのは…」
 と、蓮二が地獄について説明を始める。
 地獄とは、俺が小さい時に本で読んだように、閻魔様やサタンが罪人を苦しめるような場所では無かった。
「地獄とは、原始だ。植物も動物も、全ての生物が原始から進化して、現世の姿がある。しかしその過程は長く、これまでにたくさんの種が生まれ、そして滅びてきた」
「それらは全て決められてるんっすわ。進化するもんと、絶滅するもん。選別されてようやく恐竜はおらんようなり、ただのサルが人間になってんな」
「その選別をして、種の保存をしてきたのが『賢人』と呼ばれる者たちだ。黄泉で地獄行きの審判が下された魂は、四つ足の悪魔になる。ザイゼンたち死神は彼らを地獄へ連れていき、悪魔たちに賢人の仕事を手伝わせている。つまり地獄を管理しているのは、我々天使ではなく、賢人なのだ」
「ちゅうわけで、このケルベロスは賢人のとこへ向かってん。神の子セイも、先ずはそこへ行くはずやし」
 橇を引くケルベロスは、口を開け涎を垂らしながら懸命に走っているが、疾走感はまるで無く、橇は湖面の小舟のようにゆっくりと宙をたゆたう。
 やがて橇の下に、原野が見え始めた。建物や道などの人工物が無くなり、鬱蒼とした森林と長くうねった河、そして大きな岩山も見えた。
「そろそろ着きまっせ」
 ザイゼンが橇から薙刀を抜いた。すると真っ白い帯のように動いていた太陽が空に固定され、急に風や熱を感じるようになった。
 岩山の5合目付近、ぽっかりと開いた大きな空洞を、ザイゼンが薙刀で指した。
「あそこが賢人、クラノスの洞窟っすわ」









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