いや、そっくりではない。目の前の彼は間違いなく幼馴染の蓮二、本人だ。
 4年前よりも背が伸びて、おかっぱだった髪は短くなっている。膝下まである生成色のローブは腰のあたりを紐で絞ってあり、襟元と五分丈の袖口は金色の刺繍が施されていた。背中からは真っ白く大きな羽が生え、頭に金色の、両手両足首には黒い輪をはめていた。
「なんでお前がここにいるんだ蓮二、とお前は言う。だがそれは俺の台詞だな貞治。誕生日の翌日に死んでしまうとは、情けない」
「俺はまだ死んでない!俺は悪魔に奪われた海堂の魂を、取り戻しに来たんだ!」
「海堂とは誰だ?」
「テニスのパートナーというか、後輩というか…俺が大切に思っている人だよ」
「そうか。テニスを続けているんだな、貞治」
「ああ。蓮二は?」
「俺はお前と別れた日が最後…」
「はい、そこまで」
 パン!と手を叩き、不二が俺たちの間に割って入った。
「悪いけど時間が無いから、立ち話は後にしてもらえないかな?」
「そうか、すまなかった。最高審判の『神の子』の所へ案内しよう。こっちだ」
 不二に促され、蓮二は建物の奥へ向かって歩き始めた。その後ろを俺たちがついて行く。3歩先を行く蓮二の背で揺れる美しい翼に、俺は目が釘付けになってしまっていた。
「信じられないけど、蓮二は魔法使いじゃなくて、天使だったんだな」
「魔法使い?」
 蓮二への質問が気になったのか、不二が聞き返してきた。
「ああ。昔、蓮二が魔法で助けてくれた事があって。俺が雷に打たれそうになったところを、蓮二が手で払い避けてくれた。それがきっかけで俺は魔法に興味を持ち、ボクワーシ魔法通信学園に入学したんだ。でも入学してすぐ、蓮二は引っ越しでいなくなってしまって…」
「そちらで過ごす時間が終わったんだ。真実を話せぬまま姿を消して、すまなかった」
「いや。もう会えないと思っていたのに、こうして元気そうなお前と再会できただけでも嬉しいよ」
「ああ。俺も同じ気持ちだ」
 蓮二が顔をこちらに向けて、微笑んでくれた。昨日からずっと気持ちが張り詰めたままだった心が少し落ち着き、冷静さを呼び覚ましてくれる。
「さて、着いたぞ」
 両開きの大きな赤い扉の前で、蓮二は立ち止まった。ここに神の子がいるようだ。
 扉を3回叩き、重たそうにゆっくりと押すと、大理石で床一面が輝く大きな部屋の中に、王が謁見するような壇上があり、その上の装飾された立派な椅子の前に一人の天使が立っていた。
「待っていたぞ」
 蓮二と同じ天使の筈だが、全く異なる印象の彼に俺は息を呑んだ。
 全身から放たれる威圧感は、言葉遣いのせいだけではない。蓮二と同じローブを着ているが、彼はその中に着ている黒い服で顔以外の全身の肌を隠している。頭も黒い布で覆い、それを留めている金色の輪が荘厳さを増幅していた。
 鋭い視線でこちらを見下ろしている彼に緊張するが、蓮二は部屋を見渡すと、困ったように言い放った。
「神の子セイは、どこかへ行ったのかゲン?」
「ええええ!?あの強面の人が神の子じゃないのか蓮二!?」
「よく間違われるが、違うぞ。ゲンは俺と同じ高等審判で、最高審判の部下のあたる」
「セイがいないって、どういうことなのかな?」
 不二が一歩前に出て、ゲンに向かって問いかける。ゲンは腕を組み、険しい表情をした。
「ここに書き置きがしてあってな。『急用ができたので、地獄へ行ってきます』と。まさかとは思うが…だが俺が台帳を取りに部屋を出たつい先刻までは、確かにセイはここにいた」
「君じゃ僕たちが探している海堂の場所はわからないのかい?」
「全ての魂の在り処が判りうるのは、セイだけだ。俺たち天使はセイの補佐にしか過ぎない。戻ってくるまで待機していてくれ」
「そんな…」
 焦る不二に、俺の不安が増していく。俺は自分の肉体から離れてまだ数時間だが、海堂はもう1日半以上魂のままでいる。俺たちの肉体が朽ちるまで、残された時間内にセイは戻ってくるのか。ここで何もせずに、待つ事しかできないのか。
「俺を、地獄へ連れて行ってくれ」
「乾!?」
「貞治、何を言ってるんだ?」
「ただ待つだけなら、そもそもここまで来ていない。地獄だろうが、どこへ行っても同じだよ。俺は、海堂を自分の手で取り戻したいんだ。頼む、蓮二。俺を地獄へ連れて行ってくれ!」
 握り締めた両手の拳が、震えているのが自分でもわかった。地獄がどんな怖ろしい場所かわからないけれど、きっと海堂はそこに、一人ぼっちでいるんだ。
 少し間が空いた後、蓮二は静かに答えてくれた。
「わかった貞治。俺が案内する」
「レン、正気か?!」
「セイが戻ってきたら俺に連絡してくれゲン。あと不二はここで待っていてくれないか?」
「いいよ」
「レン!!」
 壇上のゲンが咆哮を上げた。その背中に生えた大きく真っ白い翼が広がると、疾風のごとく蓮二の前に舞い降りて来た。そして大きな手で蓮二の肩を掴んだ。
「何故お前がそうまでする必要がある。地獄では天使の羽が使用できない事は、お前も重々解っているだろう」
「無論、承知の上だが…俺の親友の大切な人なら、俺にとっても大切な人だという事になるだろう。行かせてはくれないか。ゲン?」
 ゲンは蓮二のことをとても心配している様子だったが、意思を曲げる様子のない蓮二に、しぶしぶ承諾をしてくれた。
 こうして俺は海堂を追って、とうとう地獄まで向かうことになった。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -