7 黄泉編

 どのくらい空を昇ったかわからない。周りはだんだんと暗くなり、今まで自分の足が地に着いていた大地が、広大な宇宙に漂う1つの星だと感じるくらい離れた時。
「もうすぐ黄泉の国だよ」
 不二に声をかけられ、俺は視点を足元の地球から上へと変えた。
 早朝の海で見るような美しい夜明け。薄暗かった空が、だんだんと明るくなる。真っ白な太陽光に世界は照らされて、瞬く間に自分の姿も見えなくなるほどの光量に覆われる。
「乾、着いたよ」
 光の洪水の中で、俺は反射的に目を閉じていたらしい。不二に声をかけられて目を開けると、俺たちは分厚い雲海のような、真っ白い平地の上に立っていた。
「ここからは、あの門を目指して歩くんだ」
 不二が指をさす方向に、遠くからからでもはっきりと見えるほど大きな門を構えた、古代の砦のような建物が見えた。
「あそこに海堂がいるのか?」
「…わからない。普通、肉体を失った魂のほとんどはあそこへ集められ、天使の審判員によって天国か地獄へ行き先を決められる」
「でも海堂は肉体を失っていない」
「そう。悪魔が強制的に魂を抜き出したからね。黄泉の国が管理している魂の台帳には彼の名前は載っていない。だから入門する前に、止められるはずなんだけど…」
「なら、早く行くぞ不二!」
 あそこで海堂が待っているかもしれない。そう思うと俺は気がはやり、全速力で門へ向かって走った。
 門の前には幅30メートルほどの川があり、3つの橋が架かってる。その周りには様々な生物の魂が密集していて、生成色のチュニックを着た真っ白な羽を持つ天使に誘導されていた。
「ねこちゃんワンちゃん、すずめちゃんにねずみちゃんは、こっちの橋でやんす〜」
「象に熊、鯨に鯱もこっちだぞ。他の橋は小さくて渡れないぜ」
 小動物はと大型動物が、左右の橋の天使に呼びかけられて移動していく。真ん中の橋で人間や猿の魂を検査している、赤毛の天使の肩を掴んで、俺は叫んだ。
「ここに海堂薫は来なかったか?!」
「ああ?なんだよお前?」
「海堂は、海堂は死んでないんだ!だから返してくれ!!」
「いや、意味がわからねえんだけど…」
「やあ、ブン」
「お、不二。じゃあこれ、お前の連れか?」
「ごめんごめん。ちょっと落ち着いてよ乾」
 追いついてきた不二が俺をブンから引き剥がし、俺たちがここへ来た事情を彼にわかりやすく説明してくれた。
「悪魔に抜かれた魂か。ちょっと待ってろい」
 ブンは手首に巻かれた黒い腕輪に向かって話しかけた。
「とりあえず門番に連絡しておいたから、中にいる審判に聞いてみてくれ。船を出すけど、船賃は持ってきてるのか?」
「乾、由美子姉さんが首にかけてくれたロザリオを、彼に渡して」
「ああ」
「お菓子じゃないのかよ…まあいいか」
 ブンは橋の下に停めてあった3人乗りの水上バイクに、俺と不二を乗せた。
「しっかり掴まってろい!」
 モーターの爆音が響き、激しい水飛沫を上げて、水上バイクは水面を一直線に走る!
「うおおおおおおおお!!!!」
 あっという間に対岸に着き、耳と腰をやられて足元がおぼつかない俺の腕を、不二が掴んで歩かせてくれた。
「なんで、橋を、渡らな、イテテ…」
「橋を渡ると生きていた頃の記憶が消されてしまうんだよ」
「もしかすると海堂も、記憶が消えているのか?!」
「渡っていたらね。でもブンは海堂を見ていない。もしかすると海堂は、ここを通らずに悪魔のいた地獄へ直行したかもしれない。まずは審判に話を聞こう」
「わかった」
 川岸から近づくと門もそうだが、その建物の大きさにも目を見張った。
 公園ほどの広さのある整然とした石畳が敷かれ、急な石階段の先に荘厳な両開きの門がある。またその石畳と門を囲うように、太く長い石柱が等間隔で並び、屋根を作っていた。階段と門の高さを合わせると、5階建てのマンションに匹敵するだろうか。
 石畳を走り、階段を駆け上がると、二人の門番がいた。それぞれ膝丈ほどのローブを着て手には金の杖を持っていた。
「待っていたぜヨ」
「話は伺っております。どうぞお通りください」
 二人は金の杖を重ねると、門が奥に向かってゆっくりと開き出した。
 外観から見る古代遺跡の雰囲気と違い、建物の中は近代的な市役所のようで驚いた。ずらっと並んだ窓口に人の列が続いていて、待合所にも整理券を持った人が順番待ちをしている。
「待っていたぞ。ここから先は俺が案内する」
 しかし俺がもっと驚いたのは、俺たちの迎えに来ていたのは、俺の幼馴染にそっくりの細目の天使だった。
「れ、蓮二?!」
「4年と2ヶ月と15日ぶりだな、貞治」





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