シリアルナンバーがHやKで始まる家事専用モデルは、家庭に関する情報処理は異常に早いが、それから以外の事になると途端に速度が遅くなる。
 それは人間が物思うに耽ったり、過去を思い出そうとしている所作に似ている事から消費者の好感を得て、企業側が改良しようとしない問題点だった。
 人間だって、目をつぶっている間に予期せぬことが起こっていたら怖いだろう。それは俺たちモデルにとっても同じだ。
 情報にアクセスしたりダウンロードしている間に、マスターに何か異変が起こったらどうすればいいのか。特に育児用として使われてるモデルにとっては、脅威だろう。目の前にいる赤子が突然泣き出したとして、何が原因になのか把握できないのだから。
 だから俺は、なるべく自分からネットへアクセスしないように心掛けている。幸い、彼の部屋には一般的なパソコンと端末があるので、俺の専門外の情報はそこで手に入る。処理速度も、よっぽど俺より速い。
 2.10kmを歩いた所で、ビルだらけの極東とアパートメントだらけの古都(オールドタウン)を繋ぐ、橋の前に来た。
「ここで待っとったら、会えると思おてたで」
 ずぶ濡れになったY-1015が、橋の欄干に背もたれて俺を待ち伏せしていた。
 俺はそれを無視して橋を渡ろうとしたが、腕を掴まれ引き止められた。
「なんなんだアンタは!離せっ!」
「ほんまに俺、行く所が無いねん」
 先程とは違う、抑揚の無い静かな声だった。
「そんなの、俺は知らない」
「助けてくれたやん」
「たまたまだ」
「最後まで助けてな」
「ずうずうしい奴…」
「ほんまに。俺を拾ってください、マスター」
 感情の無い瞳に、俺は昔の自分を思い出す…


『それでいいのか?』
『ああ。背丈も見た目も俺と同じくらいだし、イイ友達になれそうじゃねえ?』

 俺の肩の辺りに手を置いて、彼は満面の笑みで俺を見ていた。

「モデルは友達じゃない。道具だ」
「オヤジにとってはな」
「オヤジ、ではない。マスターだ」
「はいはい、マスター」
 憮然とした顔を俺にだけ見せてから、彼はくるりとマスターに振り返った。
「で、俺はこいつが気に入ったんだけど、持っていっていいんだよな?」
「ああ、それはすぐ連れ帰っても構わない。H-1029を先日購入したからな。もう使っていない」
「よっしゃー!」
 両手でガッツポーズをして、彼は俺に向き直す。
 それから親指をくいっと立て自分をさすと、彼は歯を見せて笑った。
「というわけで、俺は宍戸亮だ。お前の名前は?」
「H-1205です」
 初めて俺が話した言葉に、彼は眉間に皺を寄せた。
「それは製品番号だろ?オヤジ、こいつに名前付けてねえのかよ?」
「オヤジではない。マスターだ。お前は掃除機や洗濯機に名前を付けるのか?」
 冷めた目で俺を見るマスターから視線を外す。
 代わりに、ころころと表情を変える彼を見た。
「はいはい。聞いた俺がバカだった。じゃあ、俺が付けてやるか。そうだな…ワカシ。草かんむりに右の、若。どうだ?」
 キラキラと子供のような目をして、彼は俺に話し掛ける。
 俺は彼が一番望むであろう言葉を瞬時に選んで、答えた。
「はい、気に入りました。ありがとうございます、セカンドマスター」
「おう!じゃあ、最初の命令な。俺の事は名前で呼べ。いいな若?」
「はい、亮様」
「様、は入らねえよ」
「よろしくお願いします、亮さん」
「んー…まあいいか。よろしくな、若」
 パッと開いて差しださえれた手。
 対人マニュアルを開いて対応法を見つけるより早く、彼は俺の手を握った。
 とても温かい手だった…


「俺は、アンタのマスターにはならない…」
 Y-1015を真っ直ぐ見上げて、俺は言った。
「そう言わんと…」
「でも友達にだったらなってもいい」
「友、達?」
 驚いた、という表情を作った男。
 俺は袋と傘をまとめて左手に持ち、右手を前に差し出した。
「初めまして。若です」
 傘からはみ出た手に、ポツポツと雨粒が当たる。
 男は少し間を置いてから、冷たく濡れた手でそれを握った。
「初めまして、侑士や」
「よろしく、侑士さん」
「よろしく、若くん」
「ずぶ濡れですね。橋を渡った先に俺の家がありますが、一緒に行きませんか?」
「ああ、それは助かるわ。ありがとうさん」
 男は目を細めて笑うと、俺の左手から傘と荷物を全て持ち上げた。
 そして傘を俺の上だけに翳した。
「俺には雨合羽がありますから、それはアンタ一人で使ってください」
「そう言うても、大事な友達を濡らすわけにはいかへんしなあ…」
「なら、半分だけお願いします」
「相合傘やな。腕でも組もうか?」
「やっぱり来ないでくれませんか?」
「ジョーク、ジョークやって」
 俺の歩調に合わせて、侑士も隣を歩き始めた。

***

 今は珍しい、木造5階建てのアパートメント。1階から3階までは大家が建築設計事務所兼住居に使っていて、4階より上の6部屋をアパートメントとして賃貸している。
 雨が降っているのに1つだけ外へ開いた窓を、俺は見上げた。彼はパイポを加えて、雨に濡れた古都を見下ろしていた。
 俺たちの姿に気付くと、彼は軽く手を上げて、加えたままのパイポを上下に揺らした。俺も軽く手を上げて、それに答えた。
「彼がマスターなん?」
「はい」
 彼は上げ手の手首を曲げて、人差し指だけをこちらに差した。きっと侑士が一緒に来ていることを気にしているのだろう。
 侑士は傘を持っている手に荷物をまとめ、笑みを作りながら彼に手を振った。彼はそれを見た後、さっきと同じようにパイポを上下に揺らして、窓を閉めた。
「…あれは、どう解釈したらええの?」
「まあ、いいと思いますよ」
 心配そうに俺の顔を見る侑士が可笑しくて、ちょっと笑ってしまった。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -