林立するアパートメントとアパートの間にある、人が擦れ違えない細い路地に入ってアパートの裏へ回る。
 少しひらけた裏庭には横長い物置が2つ並んでいて、左から501、502と番号がふられて、それぞれに取っ手がつけられている。俺は603の物置を開けて、買い置きしていある猫の砂とトイレシート取り出し侑士に持たせた。
「なにかペット飼ってん?」 
「いえ。飼っているのではなく、預かっています」
「へえ」
 大した興味もないのに、身近な所で話の話題を作ろうとする侑士は、本当にYナンバーなのだと俺は少し感心した。
 目に付いたものを何でも聞いてくる侑士に、出来る限りの返答をしていると、いつもは長い5階分の階段を短かく感じた。
「おかえり、若」
「ただいま亮さん」
 俺たちの足音を聞いたのか、彼は俺よりも先に部屋のドアを開けて出迎えてくれた。
 寝たときのまま、首から銀の十字架を下げている他は何も身に付けていない彼は、咥えたままのパイポを侑士に指して「よお」と声をかけた。
「初めまして、Y-1015です。今朝はお世話になりました」
 侑士は彼に人好きの笑みを作ると、俺のときより丁寧な自己紹介をした。
「いや、俺は何も。拾ったのは若だからよ。動けるようになって良かったな?」
「ほんまにそう思います。若のおかげです」
 彼は屈託のない笑みを浮かべると、侑士と握手をした。
「俺は亮。お前は、製造番号以外に名前あんの?」
「侑士と名乗ることが多いです」
「オッケー、侑士な。俺の事は亮って呼んでいいぜ。あと敬語はいらない」
「おおきに。よろしゅうな、亮」
 二人の挨拶が終わったのを見計らい、俺は二人の間を「すいません」と言いながら割って入り、部屋の奥で餌を求め鳴き喚いている子たちの元へ行った。
「若ー、そいつら今まで寝てたんだけど、お前が帰ってくるのがわかったら、みんな一斉に起きたんだぜ」
 ドアに付けている膝丈ほどの柵に向かって、2匹の子犬がキャンキャン吠えながら跳ねている。その少し後ろで、しっぽをピンと立てた3匹の子猫がミャアミャアと動き回っている。みんな、お腹が空いた、と言っていた。
「侑士さん、その袋を俺に下さい」
「ああ、はいはい」
 俺は侑士から缶詰の入った袋を受け取ると、俺は柵を跨いでダイニングへ行く。柵の周りにいた子たちはみんな、早く早く、と俺の足元に絡んだり飛び掛ったりしてきた。
「大家族やん」
「みんな若が拾ってきたんだぜ。あ、若!俺の分の飯も作って!」
「はい」
「俺は、水を頼むわ」
「はいはい」
 プラスチック製の餌入れに、スプーンでほぐした缶詰と計量したカリカリを均一に入れていく。真っ先にそれに飛び掛かろうとする子犬2匹の口元に手を出し、鼻を上に向かせながら軽く押してやると、2匹ともペタンと床に腰を落とした。
「待て」
 ゆっくりと手を離すと、彼らはその場に座ったまま、口からよだれをたらして尻尾を勢い良く左右に振っている。子猫たちはもう餌にかぶりついているが、子犬には10秒待たせてから「よし」と言った。
「なんですぐにあげへんの?」
 狭いダイニングの入り口に立った侑士が、その光景を不思議そうに尋ねてきた。
「ヒトが『いい子』と思えるペットを、欲しがるからです」
 トイレの場所を間違えず、主人の言うことをよく聞く見た目が可愛い子たちから、里親は見つかっていく。だからこの子たちに里親が現れるまで、俺はある程度の躾をしている、と侑士に答えた。
 冷蔵庫から取り出した瓶に入った水と、棚から出したグラスを侑士の前に置く。買い物袋の中から冷凍のピザを一枚出してオーブンに入れ、残りは冷凍庫にしまう。
 シンクに置かれたグラスを洗って、洗濯物を仕分けして洗っているうちに、オーブンからはチーズの焼ける匂いがしてきて、ピザは焼き上がった。
「亮さん、今日の予定は?」
 窓枠に座り、雨の止まない街を見下ろしている彼に、ピザを1ピース乗せた皿を差し出した。
「ありがと。今日は、とりあえず6時に店に行ってみるかな。個別の予定は入ってねえから…」
 立てた膝の上に皿を置き、彼はピザを一口食べる。とろとろのチーズが彼の口とピザの間に糸を引かせて、それを追うように二口目を食べる。
 すぐに食べおわった皿を受け取り、俺はもう1ピースを取り分けて彼に渡す。
「甲斐甲斐しいやっちゃなあ」
 ボトルに直接口をつけて飲んでいる侑士が、俺たちの日常を見て笑った。

 ピザを食べ終わった後、彼は服を着て出掛ける準備をした。
 時刻は5時半。雨は小康状態を保っている。
「若も行くんか?」
 二人分の傘を持つ俺に、両手に子猫と子犬を持った侑士が聞いた。
「はい」
「モデルも、あの店で働けるん?」
「いいえ」
「なんだ侑士。お前、あそこで働きたいのか?」
 雨合羽に袖を通している彼が、すっかり動物に好かれた侑士に聞き返した。
「まあ、ただ此処にいるのも暇やし…俺、昼間の家庭向きやないねん」
「ははっ、確かにそうだな」
 忍足の冗談に笑っている彼に、俺は合羽の帽子を被せてボタンを閉じた。
「わかった。店に行ったら、マスターにお前の仕事の話、頼んでやるよ」
「おおきに。よろしゅう頼むわ」
 子犬ごと手を振る侑士に、彼は親指を立てた。

〔つづく〕




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