仕事もレオパレスの契約期間も、残り5日。
 プログラミングの最後の段階で不備が見付かり、追い込むように深夜までの残業が入った。
 どうしてそうならないように余裕をもって仕事をさせてくれなかったのだ?と、俺はたった1ヶ月の上司に向かって一生分の毒を心中で吐いた。
 自炊をする余裕もレンタル屋にいく暇も無くなった俺は、仕事の帰りに二人分のコンビニ弁当だけを買って、真夜中の2時に帰宅した。
 それからシャワーを浴びて、海堂薫を起こさないように抱きしめて、3時にソファで就寝。
 朝5時に起きて支度をすると、6時に出勤し、深夜1時まで仕事をする。
 まさに死に物狂いだったが、それでもどうにか契約の最後の日は1日丸ごと空けようと、俺は一生懸命に仕事をした。
 その結果、地獄の4日間を鬼のように働いて、どうにか最終日に会社から休みをもぎ取った。

 仕事を終わらせて深夜の3時に帰ってきた俺は、まず自分の荷物を適当にダンボール箱に詰め込み、財布などを入れたバッグと一緒に廊下に置いて、部屋を空け渡す準備を万端にしておいた。
 その時に、部屋を借りる時に貰ったレオパレスの利用規約が書かれた冊子を見つけた。
 でも今更、利用規約を確認しても今日で終わりなんだし…と思った俺は、一度も開かれないそれを、鍵と一緒に机の上に置いた。

 レオパレス契約期間最終日、朝7時。
 海堂薫が起床すると、俺が作っておいた朝御飯をテーブルに並べて、一緒に食べた。
「今日は仕事が休みなんだ。だから鍵を返すまで、この部屋に君と一緒にいようと思う」
「そうッスか」
 食後のお茶を飲み終え、俺がいつものように後片付けようとした時、海堂薫が「俺がやります」と、初めてソファから動いた。
「今日はアンタが、一日中ソファの上にいて下さい」
 口の端を上げて、海堂薫はそう言った。
 俺は彼の言葉に甘えて、ソファの上に座ってぼんやりとテレビを見た。

 その日は未だかつてないほど、穏やかに過ぎていった。
 朝のニュースが終わるとテレビを消して、窓を開け、俺たちはソファに座って流れる雲を眺めていた。
「俺が部屋にいない間は、こうやって過ごしたの?」
「はい」
「そうか…羨ましいな…」
「…そんなことないッスよ」
「いや、俺には羨ましいよ…ずっと仕事仕事で、こうして空を眺める時間なんて全く無かったから…」
 俺は欠伸をして、海堂薫の温かい肩に頭を乗せると、目を閉じた。
 連日の睡眠不足だったせいか、すぐに深い眠りへ落ちていった。

 今日でレオパレスが解約されるけど、俺は海堂薫をここに残していきたくなかった。
 わずか一ヶ月だが、それほど彼に愛着を抱いていた。
 東京の自分の部屋にこのソファごと連れて行けたら…と、俺は考えていた。


 扉の閉まる音で、俺は目を覚ました。


 隣に海堂薫がいない。
 首をめぐらし姿を探していると、彼は玄関の方から歩いてきた。
「誰か来ていたの?」
 俺は乾燥した目を擦りながら、海堂薫に尋ねた。
「運送屋が荷物取りに。渡してよかったッスよね?」
「うん。ありがとう」
 そういえば、昼の3時に取りに来るよう、昨日会社から電話を入れておいたのを思い出した。もうそんな時間だったのか。
 俺は欠伸をしながら背伸びをした。
「さて、そろそろ夕飯の準備をしようか?」
「あ!駄目ッス!」
 ソファから起き上がろうとした俺を、海堂薫は肩を掴んで押し戻した。
「今日は俺が全部やるんです!アンタはここ!」
 そう言われてしまった俺は、ソファの背もたれにもたれかかって、彼が料理をする様子を見学させてもらった。
 じゃがいもと人参の皮をおそるおそる包丁で剥く海堂薫。どうみても、初心者だ。
 手伝おうか?と1度だけ声をかけたが、玉葱を切って涙を流す目に睨まれた。

 ほうろう鍋に油をひいて、肉と玉葱を炒め、電子レンジで加熱した人参とじゃがいもと、お湯を加える。
 そうして出来上がったのは、具も味もシンプルなカレーだった。
「すいません。料理はこれしか出来なくて…」
 恥ずかしそうに話す彼に、俺は「とてもおいしいよ」と言って、おかわりを頼んだ。海堂薫は嬉しそうに笑って、ご飯とカレーをついでくれた。
 それは今までで一番和やかで、落ち着いた食事だった。
 お腹いっぱいにカレーを食べた後。海堂薫が、見覚えのないワイン瓶を手に持ってきた。
「あれ?ワインなんて買った覚えがないけど?」
「俺が今日のために購入したんです」
 テレビショッピングって意外と便利ですね?と言いながら、海堂薫は栓を開けた。
 芳しい真っ赤なワインがグラスに注がれ、俺たちはソファの上で乾杯した。
「あと1時間か…君を離れるのは、寂しいよ」
 赤ワイン独特の風味に舌鼓をしながら、俺はぽつりと呟いた。
「俺も寂しいッス」
 俺と海堂薫はなんとなく無言になって、ゆっくりワインを飲んでいた。
「乾さん…」
 お酒に弱いのか、すぐに頬を紅潮させた海堂薫が俺にすり寄り、肩に頭を乗せてきた。
「俺、乾さんが来るまで、すごく寂しかった…」
「薫…」
「乾さんに会えて良かったって、本当に思っています。ありがとうございました」
「いや…俺こそ。君に会えて、本当に良かった」
 俺が海堂薫の肩に手を回すと、彼は抱きつくように俺の胸に顔を埋めた。
「乾さん…最後に、俺のわがまま、聞いてもらえませんか?」
「何?」
「キス、してください。不二さんにしたような」
 海堂薫の蕩けた目で見上げられ、俺の心臓が一気に跳ね上がった。
 今すぐその熟れた唇に齧り付きたい衝動を押さえつつ、俺は冷静にワインをテーブルに置いて、彼の頬に手を添えて深く優しく口付けをした。
 名残惜しむようにゆっくりと唇を離すと、海堂薫は「もっと…」と俺のシャツを掴んだ。

 歯止めの無くした俺たちは、呼吸を乱しながらソファの上で裸になり、互いの体に互いの指や舌を縦横無尽に這わせた。
「好き…でした」
 掠れた切ない声で、海堂薫は喘いだ。
「ずっと、好き、でした、乾さん」
「薫…ッ!!」
 俺が海堂薫の体へ入っていく時。
 今まで生きてきた中で、最高の瞬間が訪れていることを、俺は確信していた。
「薫、大丈夫?」
 俺の下で顔を真っ赤にした彼は、潤んだ目を俺を見上げて、小さく頷いた。
 俺はゆっくりとグラインドを始めて、彼がそれに慣れるのを待った。
「んっ…あっ…」
 痛みに耐える声に、少しずつ、甘い響きが加わってくる。
「やっ、あっ…アッ、アッ!」
 律動を速める俺に、海堂薫はぎゅっと目を瞑って涙を流していた。
「薫っ、ゴメン、中に、零れそうっ」
「イイっ、アァッ…!」
 儚い声を上げると、海堂薫は絶頂に達した。その衝動に合わせて、俺も彼の中に精を吐き出した。
 恍惚としてソファの上に力なく崩れた俺に、額に長い前髪を張り付かせた海堂薫が微笑んだ。
「ありがとう…ございました」
 寂しそうに微笑む海堂薫が、俺にキスをした。
「俺こそ、ありがとう」
「いい思い出が出来て、良かったです…」
「そんな…まだ思い出にするのは、早いよ…」
 興奮が冷めてくるのに相乗して、俺は激しい睡魔に襲われていた。きっとワインを飲んですぐに激しく動いたのが良くなかったのだろうと、その時は思った。
 俺はもう一度だけ、海堂薫を抱きしめたかった。しかし睡魔は俺の意思など無視して、全身を侵食していた。
「ごめん、薫…水を……」
「はい」
 俺の言わんとしていることを理解した海堂薫は、さっとソファから起き上がった。
 そしてソファの上ににだらしなく伸びた俺を見て、何か、小さく、呟いた。
「かお、る…」
 俺は不安になって、彼の名前を呼んだ。

 どうして、まだ泣いているのかと。

 海堂薫は俺の額にキスを落とすと、ソファから離れた。
 その直後、俺は睡魔に意識を奪われた。





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