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「おい、センリーン!しっかりせい!」
俺を背中から下ろしたケンヤーンが、センリーンの脇で膝を付き、頬を叩く。しかし反応は無い。
「アカン。完全に気ぃ失っとるわ…クラノスに診てもらおか。ちょっと、背中に乗せるの手伝ってや!」
「わかった」
俺はケンヤーンの指示に従って、センリーンを彼の背に乗せる。そしてその後ろに俺が跨ると、光の速さで俺たちはクラノスのいる洞窟へ戻った。
「センリーンはん!しっかりしなはれ!」
「いま調合した気付け薬を飲ませたるわ…目ぇ覚ましよ」
洞窟に到着するとすぐに、ギンがセンリーンを抱きかかえ地面に寝かせた。すぐさまクラノスは手に持っていた、毒々しい色の液体が入った小瓶をセンリーンの口に流し込む。
「うぐ…ゴホ、ゴホッ!!」
しばらく咳き込んだ後に、センリーンは薄っすらと目を開けた。
「ああ、見える…感じるね。俺の五感が、戻ったばい」
「誰にやられよった、と聞く必要ないな。五感を奪うことが出来るのは、あいつだけやし…」
苦々しい顔をしたクラノスに、センリーンはこくりと頷く。
状況が飲み込めず、しかし口出しも出来ないような雰囲気で硬直していた俺の肩に、ギンさんが手を置いてきた。
「すんません、乾はん。あんさん達が洞窟を出てすぐに、セイはんと海堂はんの気配が消えはりました」
「じゃあ…海堂はどこへ行ったんだ?もうここにはいないのか?」
「ひとつ、尋ねていいか」
ずっと黙って状況を見ていた蓮二が、一歩前に出てきた。
「おー、ここにも天使様がおったばいね」
「黄泉の国、高等審判のレンだ。セイはいつ、君たちの元へ現れた?」
「俺の森で、悪魔らに捕まっていた子…海堂くん、と言いよるか。その子を見つけて、すぐたい…」
***
「あ、かかっとるわ!」
「あらまあ。やったわね、キンちゃん!」
「やったのは、コハの仕掛けた罠のおかげやでーさすがわいのコハやー!」
草の蔓で編まれた大きなかごの中に、海堂は入っていた。
その周りを、元気が良く角を2つ生やした獣足の悪魔と、ザイゼンに似た黒装束を着た死神と、巫女のようなコスプレをした死神が囲っていた。
「てめえら…俺をどうする気だ?」
「えらい活きがええなー!なあなあ、俺が食うてもええか?」
「駄目よ、キンちゃん。この子まだ、ただの魂だわ。黄泉の国で天使か悪魔か決めてもらわないと」
「えー!」
「でも…確かに美味しそうよね。この足とか、うふふ」
「コオオラアアアアわいのコハをナニ誘惑しとんねんんん!!!!!」
ウジにかごを蹴られながら、海堂は色んな意味で身の危険を感じていた。
『3つ目の願い確かに叶えた』
そこまでの記憶は、鮮明の覚えていた。しかしその後の記憶は、ずっと夢の中にいるような感覚だ。
あの声が聞こえた後、海堂の体が反転した。天が地、地が天となり、海堂は天に向かって落下した。
空をどこまでも落ち、真っ黒な宇宙空間へ投げ出されてもなお、落ち続けた。
そしてドボンと、川に落ちた。
どこの川なのかは、わからない。宇宙にあったから、もしかしたら天の川だったのかもしれない。
捕まるものは何も無く、何時間も川に流されて辿り着いたのが、恐竜が出てきそうなこの原生林だった。
流れが緩やかになった浅い川の中州で、海堂は倒れていた。起き上がると体の節々が痛いような気がしたが、目立った外傷どころか、かすり傷ひとつ負っていない。
だから、海堂は『これは夢だ』と思った。
だがその『夢』は、覚めることの無い悪夢だった。
何時間も川に流された後、今度は何時間も原生林の中を歩き続けた。どのくらい広い森かわからないが、森を抜ければ道路があって、道路を辿れば人が住む町に着くと思っていたのだが、出会ったのはキンという名の悪魔だった。
「人間やーん!人間がおるー!うまそー!!」
木の枝から猿のようにぶら下がった悪魔に、海堂は驚き、すぐさま走って逃げた。
キンは仲間を呼び、コハとウジが現れた。海堂は三人に追われながら、走り回ったり隠れたりしながら逃げ回っていたが、やがて疲れて、激しい喉の渇きを感じた。
川が流れていた場所に戻って水を飲めば良かったが、やみくもに走っていたため、完全に方向感覚を失っていた。
しばらく歩くと鬱蒼とした森の少し拓けた場所に、林檎のような赤くてみずみずしい果実がなった木を見付けた。
しかし木の枝まで、手が届きそうにない。物欲しそうに見ていると、ポトン、と熟れた果実が1つ落ちて、転がってきた。
海堂はごくりと喉を鳴らし、その美味しいそうな実を食べようと駆け寄ったところで、上からかごが落ちて来るという、典型的な罠に引っ掛かったのだ。
「ほな、わいがジャンケンで勝ったらわいが食べて、コハが勝ったら好きに舐めて、ウジが勝ったら好き殴るでええか?」
「いいわよー」
「いいで」
「ほな、いっくでー!ジャーンケーン、ポン!」
海堂の命運を分けるジャンケンは、パーを出した者…センリーンの一人勝ちだった。
「おー俺の勝ちたい」
「ええええ!?センリーン!なんでここにおんねん!?」
「なんでって、そこで寝とった。ここは俺の縄張りたい」
「あらやだ、センリーンの森まで来ちゃってたのねアタシたち!」
「俺はまだ眠か…早く立ち去れ」
「センリーンを怒らせたら怖いでコハ!俺でも守りきれる自信ないわ!」
「そうねえ。じゃあこの子はセンリーンに任せて、行きましょうキンちゃん?」
「えー!わいの獲物がー!」
「行くで、キンちゃん」
コハとウジに両脇を抱えられたキンは、ジタバタしながらも森の外へと姿を消した。
海堂を罠から外したセンリーンは、おもむろに海堂の肩を抱き、鼻を近づけた。
「助けてくれて、ありがとうございます…あの、何スか?」
「懐かしい感じがするとね。転生した俺の仲間が、君の近くにおったのかもしれんばい」
「はあ…」
「これも何かの縁たい。この森には俺しかおらん。少し休んだらよか」
センリーンは海堂から離れて木の下へ行くと、枝から赤い果実をひとつ取り、海堂に投げて渡した。
喉が渇いて疲れていた海堂は、受け取った果実をすぐに一口かじった。
芳醇な香りして、甘酸っぱい果汁が口に広がる。今まで食べた果物の中で、一番美味しい。
これも夢なのだろうか。もし夢だとしたら、覚めるのがもったいないくらい、至福の味だ。
果肉を飲み込み、二口目をかじろうとした時に、その声は聞こえた。
「見付けたよ、海堂クン」
センリーンと海堂の間に、突如キマイラが現れた。尻尾が蛇になっている大きなライオンで、鋭い牙が並ぶ口元から炎が出ている。胴に巻かれた紐が、後ろに引く橇(そり)に繋がっており、海堂に声をかけた人物はその上に立っていた。
ウェーブがかった黒髪に、優しい顔立ち。金色の輪をヘアバンドのように額に巻いている。足首が隠れるほど長い生成色のローブを纏い、その背には鶴のように大きな真っ白い羽を背負っていた。
「誰…だ?」
「僕はセイ。君を迎えに来た」
セイが海堂に向かってスッと右手を上げる。そしてそれを横へ振り下ろすと、海堂はバタンとその場に倒れた。
「セイ!?何ばしよっとね!」
「センリーン。君の罪には、罰を与える」
そして今度はセンリーンに向かってセイは右手を上げて、振り下ろした。次の瞬間、センリーンの目は見えなくなり、音は聞こえなくなり、ブラックホールに吸い込まれたように何もかもを感じなくなってしまった…
以上が、センリーンの話だった。
「じゃあ、海堂は…」
「ああ。キマイラは、ケルベロスの兄弟だ。時空を超えて、セイが海堂を黄泉に連れ帰った確率100%…運悪く、入れ違いになってしまったな」
「そうか…でも、海堂が地獄から救い出されて、良かった。みんな、協力してくれてありがとう!早く帰ろ、蓮二!」
「そうだな、貞治」
クラノス、ギン、ケンヤーン、センリーンに見送られ、俺たちはザイゼンが操縦するケルベロスの橇に、再び乗った。
「お気をつけなはれ」
「もうコッチに来たら、あかんでー!」
「今度は現世で会おうたい」
「ザイゼン、仕事終わったら茶ぁしばきに行こなー!」
「そら考えときますわ。ほな、戻りまっせ」
ザイゼンがたずなを引いて、ケルベロスが空に向かって走り出す。
俺は洞窟の前にいるみんなに感謝して、手を振った。
「ありがとう!さよなら!」
そうして俺たちは、黄泉の国へと戻った。今度こそ、海堂に会えると信じて。
〔 〕 2013/4/18 up
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