小説 | ナノ


  ゆめとうつつと3B


「……モル、ジアナ、助け、て……」

 その言葉が口から零れおちて、身体から力が抜けた。胸の奥に鉛が沈んだように、『言ってしまった』のだと俺は自覚した。
 助けを求めてしまった。つまりそれは、もう俺一人じゃ何も出来ないのだと、現状を諦めたことだった。
 俺の言葉を拾ったのか、顔を上げたジュダルの目が細められる。

「俺が前にいるってのに、他の男の名前を呼ぶなんで随分ヨユーなんじゃねーの」
「ひぁっ……」

 首筋に唇が落とされ、強く吸われる。さっきジュダルが指でなぞった、昨日の跡だ。肌を舌が這い、身体になんとも言えない刺激が走った。背が弓なりに反って、腰が勝手に浮いた気がした。

――嫌だ。こんなのっ!

 俺の、俺の意思じゃない。俺は、こんな風にいいようにされて感じたくなんかない。
 そう思っているのに、さっきから身体はビクビクと震えてばかりいる。下からはくちゅくちゅと水音が聞こえてきて、濡れているのもわかる。身体は俺の意思なんて気にせず裏切ってばかりだ。

「……あ、ァ……ぁっ! やぁっ!」

 内側に埋められたジュダルの指が、三本に増やされ奥を広げながら抜き差しされている。ジュダルがやっているのは昨晩の行為と何ら変わりないのに、痛みはなく、代わりにあるのは甘い痺れで、俺の口から洩れるのは嬌声ばかり。それが嫌だった。身体は確かにジュダルを求め始めていて、本当に自分が拒んでいるのかがわからなくなりそうで、酷く、酷く嫌だった。

「なぁ」
「……ひぅっ!」

 不意に内側から指が引き抜かれる。不意に訪れた空白に、甘く秘部が収縮するのがわかった。
 荒く息をしたまま、顔を上げたジュダルと目が合う。深紅の瞳が俺を覗きこんでいた。

「俺の名前も、呼んでくれよ」
「……誰が……呼ぶかっ!」

――なんで俺がお前の名前を呼ばなきゃならないんだ。

 恋人達がやるような睦まじい混じり合いなんかじゃない。拘束されて無理矢理されているのに、どうしてそんな相手の名前を呼ばなきゃいけない。
 不意に、これが一つだけ、今の俺でもできることだと思った。

 名前を、呼ばないこと。

 ジュダルがそれを求めるなら、俺は求めに答えない。俺の身体がどんなに俺を裏切っても、答えないことで俺の意思は確かにジュダルを拒んでいることになる、気がした。

「呼んでくれたら……優しくする」

 髪を優しくすいて、額に軽く落とされただけのキスに、返答を待つ静かな時間に。
 泣きそうな顔で俺を見ているジュダルに。
 俺は一瞬何がなんだかわからなくなった。急に言いだして、すがるような目で見られて、心がかき乱される。

 でも、俺は首を横に振った。

「そう……か。それじゃあ、仕方がねえなぁ……」

 一度うつむいたジュダルが顔を上げる。そこに浮かんでいた笑みは、いつもの――狂気をはらんだ笑みだった。
 先程のやりとりが何もなかったかのように、ジュダルは前をくつろげて自身を現した。赤黒くそり起ったそれを見たくなくて、俺は思わず顔をそむけた。

「……お前の下の口。物欲しそうにヒクついているんだぜ。わかるか?」

 外側の部分を指先で広げられて、筋肉が収縮するのがわかった。甘い痺れを感じているのも、わかりたくもなかった。そこに押し当てられた熱い塊を、その先端を、吸いつくように飲み込んだ。ジュダルの先走りと、濡れたそこがゴポリと水音を立てた。

「ヒィッァ……」
「本当に、アリババクンは淫乱だよなぁ。さっきから嫌だっていうのは口先だけじゃねえか」

 それ以上ジュダルは腰を進めなかった。代わりに先端を埋めたまま、俺の胸元に唇を落として吸いついた。空いた濡れた手で、いつの間にか固く尖がっていた胸の先を摘む。

「やぁああっ……あ……」

 身体に走った感覚に反射的に俺は腰を浮かしていた。その瞬間、下から走ったのはジュダルをさらに飲み込んでしまった痺れ。
 嬉しそうに、ジュダルがくつくつと哂い声を上げた。

「わかるか? 今、俺じゃなくて、アリババクンが、自分から腰振って俺を飲み込んだんだぜ?」
「……あ……あ」

――違う、違う、違う!

 首を横に振りたいのに、言われたことは確かに事実で。

「そんな風に誘われちゃあ……、仕方がないよなぁ?」

 ズッと。奥に熱い塊が押し込まれる。痛みは本当になくて、あるのは信じたくないほどの快楽で。
 ジュダルが自身を進める度に、ジュダル自身を包むように内壁が動く。

「やぁっ! ……い、やだぁぁっ!」
「本当にっ、良い身体してるぜ」

 ハジメテも俺が欲しかったなぁ。
 耳元でささやかれた言葉に、俺の目から涙が流れた。






 だってさ、初めても俺だったら。

「お前が孕んだ時、どっちのガキかなんて悩む必要もねえだろうしな」

 その言葉に、アリババの身体がビクリと震えた。俺も動きを止めれば、探るように俺を見上げる。

「こ、ど、も……?」

 震える言葉は俺の言ったことをちゃんと理解している証拠だ。

――ああ、良かった。ちゃんと目が覚めたな。

 俺に良いようにされるのが嫌で嫌でたまらなくて、それでも快楽に落とされた顔をアリババはさっきまでしていた。
 快楽に流されているだけの顔もいいが、やっぱりこいつは恐怖と苦しみを感じている顔じゃねえと、俺がつまんねぇ。そっちの方が犯していて気持ちが良い。

「だって、そうだろ?」

 やっているのはそうゆうことだ。この行為はその為のモノなんだから。
 中にはまだ出しちゃいねえが、そうすりゃこいつが孕む可能性だってある。
 理解を求めるように口元を歪めた。震えて青ざめるアリババとは対照的に。

「い、やだ! 嫌だ、抜いて! っあぁあっ!」

 暴れようとしたところで無駄だ。逆に自分で動いてたことで、俺を締めつけるだけだ。
 今もほら、自分から嬌声をあげてやがる。

「名前」
「え……」
「俺の名前を呼んでくれたら、考えてやる」

 そう言うなり、俺は腰を動かした。アリババの口が開く前に。
 アリババの足を高く掲げて、さらに奥へと腰を進める。急に早まった挿入にハクハクと言葉なくアリババの口が動き、理性を保っていた瞳が快楽に支配されるかのように淀んでいく。それを必死に振り払いたいのか、アリババは首を横に振った。

「……あ! ジュ……ダルッ!」
「聞こえねえなぁ」
「あぅっ! ひぃぃぁ!」

 あれだけ俺の名前を呼ぶことを拒んでいたのに。

「っふ、……くっ。ジュ、ダ……ルッ! やだっ! 抜いて! 中に出さないでぇっ!」
「まだ聞こえねえ」

 今はうわごとのように俺を呼んでいる。そのことにも気付いていないのか。

――バカだよな、こいつ。

 ドクリと、下腹部に熱がたまった。中にうずまった自身が膨張する。アリババも限界が近いのか、内壁が痙攣している。

「ぃぁっ! ……や、だぁっ! ジュダル―――っ!!」
 
 アリババが叫ぶと同時に、内壁が収縮した。その瞬間、俺も猛りを内側へと叩きつける。熱い飛沫が奥へと注ぎこんでいく。
 虚ろになったアリババの瞳から大粒の涙がこぼれていった。

「……あ……」
「悪ぃな。時間切れだ」

 俺の声が聞こえていないのか、何も反応が返ってこない。
 びくびくと中が震えている。どうやら、こいつもイったらしい。
 ずるりと腰を引けば、アリババの内股を入りきらなかった白濁が汚している。最後に出ていくその瞬間まで俺を温かく包みこんで、離さないように腰が動いていたなんて、コイツは気付いてもいねえんだろうけど。

「……。一度出しちまったなら、後はいくら出しても関係ねえよ、な?」

 真が固くなってまた頭をもたげていく。息が整わないアリババの腰を掴んで、高く上げさせる。
 その奥へと一気に腰を進めた。

「ぁあああぁあっ! ……ジュ、ダルぅっ! やぁああっ!」

――ああ、こいつは本当に。

 お前が俺の名前を呼ぶ度に、俺の心がざわついているなんて、こいつは全く気付いていないんだろうなぁ。
 口元が歪む。心の奥が満たされていく。



 アリババの愚かさが、愛おしかった。




「……ィァ……じゅ、だるぅ……ィゃぁ……」

 揺さぶられ快楽に身を落としながら、うわごとのように何度も俺の名前を呼ぶアリババ。
 最初に呼び始めた理由ももう意識にはないだろう。
 情欲に淀む瞳は俺を映しちゃいない。それでも、繰り返し俺の名を呼び続けているコイツは、抱いているのは俺だとコイツ自身が認めているようで聞いていて気持ちが良かった。

「……アリババ」

 答えるように名前を呼べば無意識なのかアリババの腰が揺らめいて、俺を求める。

 互いに名前を呼び合うそれは、恋人達の交じわいに似ていなくもなかった。





 ピシリと、棚の上に置いてあった石にヒビが入る。

――そろそろ本当の時間切れだな。

 すっかり意識のないアリババから自身を引き抜く。
 アリババの白い内股には、中に入りきらない白濁で溢れかえっていた。
 何度出したか、コイツも何度イったのかはわからない。コイツは気を失ってからも、体だけは俺を求め続けていたのだから。

――本当にイイ身体してるぜ。

 汚れた自身を布の切れ端でぬぐって、身を整えた。
 気だるさを感じながら、近くの椅子に腰を下して顔を上げる。
 もちろん、アリババはそのままだ。穢れ、気を失ったまま、無防備な裸体をベッドの上に投げ出している。
 その姿は扇情的で、艶めいていた。見ているだけで、もう一度犯したいという情欲が湧いてきそうになる。もう遊ぶ時間はないのに。

――こいつを連れのファナリスが見たらどう思うんだろーな。

 いや、こいつを大切にしているチビマギでも、バカ殿でもいい。
 やりきれない怒りや憎しみを持って、俺に全力で向かってくるだろう。そう思うと、それはすごく楽しみだった。

 ピシリ。

 部屋の壁にヒビが入る音が聞こえた、と思ったら間髪入れず壁が音を立てて砕け散った。
 入り口から入ってこない侵入者に俺は口角が上がるのを感じていた。






 椅子からゆっくりと立ち上がって俺は侵入者を出迎えていた。

「遅かったな」

 侵入者を見やりつつ、棚の上に置かれた石を見た。先程ヒビが入っていた石は完全に粉々に砕けている。
 棚の上に薬と一緒に用意していた三つの丸い球。それはちょうど、俺が用意した使い捨ての迷宮生物と同じ数だった。迷宮生物の命が尽きると、玉も砕けるように呪術を施していた。今はその三つとも元の原型をとどめていない。けれども、時間稼ぎとしての役目は十分に果たしていた。

 暗くてよくは見えないが、侵入者は全身傷だらけだった。眷属器も使えないのだから仕方がないだろう。
 それでも用意した弱くもない迷宮生物を全て倒してしまうのだから、やはりファナリスは侮れない。

 自身の傷など省みていないのか、それともまだまだ元気なのか、ファナリスの眼光が鋭く俺を貫いてくる。
 何も言葉を発さず、前触れも見せず、そいつは突っ込んできた。
 自発的に発動する防護壁がなけりゃ、反応するのも難しい速さだ。

「昨日はお前も愉しんだんだろ? そんなに怒んなよ」
「――っ!」

 軽口を叩けば、近くにあるファナリスの顔が怒りに歪む。
 けれども、どんなに必死になったって無意味だ。眷属器も持たない人間に、ファナリスと言えど、マギの防護壁は破れない。
 風魔法で壁に叩きつければ、幾分かは静かになった。

「黒髪なら俺、赤髪ならお前」

 崩れ落ちているファナリスを尻目にゆっくりと俺はベッドに近づいた。気を失ったままのアリババが横たわるベッドに。

「金髪なら、どっちかわかんねぇなぁ?」

 無防備にさらけ出されているなめらかな肌に指を滑らす。腹に触れて、丸く円を描いた。
 本当にアリババが孕んだら、それこそ面白いだろう。その時に、アリババが、コイツが、どんな顔をするのか見てみたい。

「その人に……、触れるなぁあああっ!!!」

 反省もなくファナリスが床を蹴る。
 こうゆう所は主も眷属も良く似ている。バルバッドでアリババと対峙したときを思い出しながら、俺は哂った。
 似ているなら、アリババが苦しめばコイツも苦しむだろう。苦しんで苦しんで苦しみ抜いた先にあるモノ。

「まぁ、お前らが堕転するってんなら、ガキ共々、俺が全部面倒を見てやるよ」

 防護壁に阻まれたままのファナリスを、風魔法でまた壁に叩きつける。激しい音にファナリスのあばら骨も何本かいったのかはわかんねぇ。少なくとも、俺がここを去る間だけ動けなければいい。
 くつくつと哂って、俺は宙に魔法のじゅうたんを広げた。






「アリ……ババさん……」

 全身に傷の痛みが走ったが、そんなこと今の私は気にならなかった。
 ベッドの上に大切な人が横たわっている。

 手首を縛られ、情事の痕が色濃く残る姿で。

 彼女が何をされたのかは、問うまでもなかった。その姿は、今朝、自分の横にあった姿と、同じだったのだから。

――また、守れなかった。

 自分の体の傷などちっとも痛くなかった。それよりも、心が痛い。彼女を守れなくて、彼女が穢された姿を見ることしかできなくて、自分の無力が悔しかった。いや、悔しいとかそんな話じゃない。呪わしかった。戦闘に強いファナリスだからと言って、肝心な時に、大切な人を何も守れなかった自分が、呪わしい。

 力なく床に崩れ落ちそうになる。
 それを止めたのは、部屋の外の気配だ。騒ぎを聞きつけて、人が集まる足音がする。
 さらなる面倒を呼び込む前に、ここを出なければならない。

「……私達の宿に、戻りましょう」

 声をかけても、深い眠りに落ちているのかアリババさんは何も反応を返さなかった。

 そんな彼女の姿を見ることしか出来ない自分が、悔しくて辛くて苦しくて。



 私はそれ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。

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