小説 | ナノ


  ゆめとうつつと4B


 張られた湯にゆっくりと、私は意識が戻らないままのアリババさん抱きかかえたまま沈みこんだ。
 私自身の体中の傷に湯がしみたけれど、それは私にとって気になることではなかった。

 アリババさんの全身を軽く湯に潜らせて、彼女の肌にこびりついていた白い汚れを手で拭い落とす。彼女の身体には傷らしい傷はほとんどなく、手首に赤黒く残る痣がその唯一のもののようだった。そうゆう意味では、アイツは彼女を大切に扱ったらしい。表面上は何も傷つけないように。

 息を吐いて、私はアリババさんの下半身の奥へと指をさし入れた。
 中をかき混ぜれば、どろりとした白濁が溢れて、湯へと溶けていく。

――どれだけ中に出したんだ。

 指を増やして奥へと沈める。その指先から感じるのは、中の熱さと絡まるような粘液。アリババさんのモノなのか、アイツが出したものなのかは目にできないからわからない。それでも、中のモノを掻き出すように抜き差しをすれば、出てくるのはアイツが出した白濁だった。
  孕んだら面白いよなぁ、と哂っていたアイツを思い出して、奥歯がきしんだ。

――そんなの、絶対に嫌だ。

 想像しただけで吐き気がした。
 アリババさんがアイツの子供を孕む所なんて想像したくない。優しい彼女なら誰の子であっても、自分に宿る命に対して無体なことなどできようもない。それでも自分はどうだろう。もし本当にアイツの子が生まれてしまったとして、彼女の子供だからという理由だけで、平常に接することができるだろうか。

 出てくる白濁がほとんどなくなってきたというのに、私の胸の内の焦燥は消えなかった。
 指を限界まで埋めても最奥のモノは掻き出せない。

「嫌なら――、嫌だと言って下さい」

 意識のない彼女にそっと呟いた。わざわざ言葉にしたのは建前か、それとも胸に湧いた背徳からか。
 これからすることが最低なことだという自覚はある。夢じゃなくて現実で。今度は、紛れもない自分の意思だ。




 アリババさんの身体を後ろから抱え直した。
 両足を腕で支え、開かれたソコへとゆっくりと猛る自身を埋めていく。

「……あ……」

 奥を突き上げれば、目を閉じたままのアリババさんが小さく声を上げた。それでも目を覚ます様子は無く、私は一度自身を彼女から引き抜いた。彼女の内股からは奥から掻き出された白濁が、張られた湯の中に落ちては霧散して行く。
 それを認めて、私はまた彼女の中へと身を埋めた。指では届かなかった場所のそれを掻き出すように、私は腰を動かした。中から掻き出されたソレは重力のままに下へポタポタと落ちていく。

「……ぁ……ァあぁあ……」

 揺さぶられ頬を上気させ愛嬌を零しつつも、アリババさんの瞼は閉じられたままだ。けれども、身体は従順に反応を見せ始めていて、中は、熱く私自身を包み込むようにうごめいている。

「アリババさん……」

 許しなんかいらない。許してもらえなくてもいい。
 ずっとあなたのことを抱きたかった。夢じゃなく、現実で。あなたに身を埋めて、あなたと一つになりたかった。

 助けられず、穢れた彼女の姿を見た時から、何かが壊れてしまったみたいだった。
 ずっと抑えていた情欲が抑えきれない。あんな形で奪われるくらいなら、どうして私は――。と。
 うなじから覗く首筋の赤い痕に、唇を這わせた。こんなにも彼女の身体は甘い。熱くて甘くて、陶酔せずにはいられない。

「……ャァ」

 彼女が上げた、小さくても拒絶の言葉に手が止まった。気付かれたの、か。

「……ジュ、ダ…ゥ…ぃゃ、あ……」

――あなたを今抱いているのは、私、なのに。

 夢の中では、今もアリババさんはアイツに?
 ――それなら、それでもいい。

 胸中に感じた黒い感情の名前を私は知らない。ただ、その感情のままに彼女の身体をかき抱いて、突き上げる。何度も、何度も。腕の中で、アリババさんも感じているのか身体を震わせている。

「……ひぅっ! ……ァ、ァあぁ……」

 猛りを注ぎ込めば、目を閉じたままの彼女は身体を震わせた。ビクリビクリと痙攣している身体を後ろからゆっくりと抱きしめた。



 何が正しいことなのかなんて、この背徳を選んだ時点で意味はなくなった。

 私が、後戻りする道はもうないのだから――。







「……あれ……俺?」

 見慣れた――と言っても二日目だけれど、昨日と同じ天井を見上げていることに、違和感を感じつつ、俺は天井をぼんやりと見上げていた。
 身体は気だるく重い。頭も酒をバカみたいに飲んだ二日酔いの朝みたいに、回転が悪いみたいだ。
 視線を横にすれば、部屋の窓から差し込んでくる光を見つける。既に日は昇っている。その前に見た窓の光が夕暮れの赤い光だった気がしたから、一晩が過ぎたことをなんとなく俺は感じていた。

――そうだ。ここに連泊するって決めたんだっけ。

 宿屋の亭主とのやりとりを俺は思い出した。普段はよほどの用事がない限り、すぐに次の街に移動していたんだけれど、昨日は理由が合ってできなかったんだ。

――理由?

 そこに思い当たって――。全てを思い出した。
 ここに連泊する理由も、昨日起きたことも。

 身体を慌てて起こせば、身体の下の奥から痛みが全身に走った。その痛みに思わず、息がつまった。

――昨日、俺は――。

 ジュダルに気を失わされて、どこかに連れ去られて、そこで――、薬を飲まされた。犯された。何度も揺さぶられて、みっともないほど快楽に落とされて。それからの記憶はあまりない。いや、思い出したくない。

 どんな理由でジュダルが元の宿に俺を戻したのかはわからない。
 痛みをこらえつつ、壁を支えにしながら俺はゆっくりとベッドから立ちあがった。どうしても一つ、確認しなきゃいけない。

 俺が連れていかれた後、この部屋がどんな風になっていたのかはしらない。でも、買い出しに出たモルジアナが、空になった部屋を見たらどうなる? 俺が、モルジアナから逃げたと思ったら?
 その先を想像して手が震える。同じように連泊でとった隣の部屋にモルジアナは泊っているのか? いて、ほしい。

――嫌だ。一人にしないで。

 一人じゃ何も出来なかった。
 修行して強くなってもジュダル相手に、俺は一人じゃ何もできなかったんだ。良いようにもてあそばれるだけだった。
 それなのに、モルジアナに置いて行かれたら? またジュダルと対峙したら? 俺は同じように遊ばれるしかないんじゃないのか?

――置いて行かないで。

 そう思うと、怖くて怖くて仕方がなかった。

 部屋の扉まであと少し。
 という所で、扉が独りでに開いた。反射的に、体が強張った。

 が、そこから姿を現したのが見知った青年とわかって、力が抜けていった。

「……モルジアナ?」
「アリババさん!? もうベッドから起き上がって平気なんですか!?」
「あ、いや、これはその……。って、モルジアナこそ、酷い怪我してんじゃねえか!?」

 よく見れば、彼は体中に包帯を巻いていた。しかも、腕の所なんか、白い包帯に血がにじんでいる。

「私のことはいいですから! とにかく、今は身体をゆっくりと休めて下さい!」
「う、うん」

 言うなり、近づいてきたモルジアナに抱きかかえられて、俺はすぐにベッドに戻された。





 俺をベッドに横たえると、モルジアナはベッドの近くに椅子を運んできてそこに座った。

「……ジュダルに捕まったままだと思ったんですか?」
「ここが元の宿だってことはすぐ気付いたよ。俺は……、モルジアナがいるか、心配で」

 そう言うと意外そうにモルジアナが目を瞬かせた。なんなんだよ、そのすっごい意外そうな顔。

「私が、ですか?」
「だって、昨日思いつめてたろ? 俺が部屋にいないのを勘違いして……、お前が俺を置いてどっかに行っちゃってたらって、思うと怖くなって」

 そう言いながら、ちらりとモルジアナを見た。
 彼は傷だらけだ。それこそ、ただならぬくらいの。身体が強靭なファナリスがこれだけ傷つくことがあり、自分が元の宿で眠っていた理由。考えればわかることだった。

「でも、ジュダルから俺を助けてくれたのはモルジアナだったんだな。傷だらけで助けてくれたのに、俺、何も覚えていなくて……。ゴメン」
「……アリババさん」

 微妙な沈黙に思わず視線を下げて、俺は思い出した。

――これだけは、言っておかないと。

 そもそものことの始まりだ。俺とモルジアナが微妙にすれ違ったのも全部含めての。
 手を握り締めて、俺はモルジアナをじっと見た。上手く笑えているといいけれど。

「そうだ! 一昨日のことだけれど、アレはモルジアナのせいじゃないんだ」
「?」
「ジュダルが妙な魔法で、モルジアナにその……俺にあんなことをさせたって言ってたんだ。だから、モルジアナが自分を責める必要はもうないんだ」

 言われたことに、モルジアナはその細い目を僅かに見開いた。でも、その表情に明るさはない。
 口元は弧を描いているけれど哀しそうに眉尻を落とした表情に、俺は胸がざわついた。

――なんで、なんで、そんな顔するんだよ。

「それでも、私は気にしない訳にはいきません」
「……どうしてだよ?」

 握りしめた手にモルジアナが手を重ねてきて、その手を取られた。
 いつの間にか自分よりも一回りも大きくなった手に、どうしてか胸の鼓動が速くなる。その手に、固く握った手をゆっくりと解かれた。

「操られていたことは確かだと思います。でも、それが私の願望を利用したものであることは、誰よりも私が知っているんです」

――願望?

 手の甲を上に、モルジアナが俺の手を持ちあげた。そこに落とされる口づけに、目を見開いて俺は息をのんだ。

「私は、アリババさんが好きです。あなたを、お慕い申し上げています」
「モ、モルジアナ……っ」

 上目遣いに見られて、俺の顔に熱が集まっているのがわかる。恥ずかしさと、それと、このなんて言ったらいいのかわからない気持ちのせいで。
 だって、だって俺はモルジアナがそんな風に俺のことを思ってくれているなんて、考えたこともなかったから。今回だって、ずっと辛そうだったし、覚えていないって言ってたから、俺に彼がそんな気持ちを持っているなんて、思いもしてなかった。

――ど、どうしよう。なんて、答えれば――。

 沸き立つように気持ちが舞い上がって、この気持ちがやっぱり嬉しいもので。

 嬉しい。

 そうだ。嬉しいんだ。何の気持ちもモルジアナが俺に向けてないって思っていて、俺は苦しかった。でも、そうじゃないってわかって、嬉しいってことは俺も――。

――あ。

 その気持ちが凍りつく。肩が震えた。俺に向けられる真っ直ぐな赤い視線。その視線を、向けられるほどの価値が、今の自分にあるのだろうか。

「やはり、私の好意など迷惑ですか」
「ち、違うんだ。モルジアナの気持ちは、俺にはもったいないくらい嬉しくて、俺だって……答えたい。でも……」

 彼の視線から逃れるように、俺は顔を俯けた。手が、みっともないほど震えている。

「俺を助けてくれたのがモルジアナなら、知ってるんだろ? 俺は……ジュダルに……」

 忘れた、訳じゃない。忘れられる訳じゃない。
 俺は、自分の意思をも嬲られるように凌辱を受けた。何も抵抗できないまま、快楽を与えられ続けて――、最後の抵抗かもしれないって思っていたのに気付いたらアイツの名前を呼んでいて――。
 身体の穢れだけじゃない。ジュダルに屈した自分の心の弱さが、俺は許せない。

――あんなことがあったのに、モルジアナは俺を好きだって言ってくれているのに……。

 多分、その情けない姿だってモルジアナは見ているんだ。助けられた時にどんな姿だったのかなんて、今の俺にはわからない。でも、ろくなもんじゃないだろう。

「この身体だって、お前だけを受け入れたものじゃないんだ。アイツに薬使われて、いい様に……遊ばれて。こんな俺じゃお前の好意を受け取るなんて、申し訳がなさすぎるよ……」

 嬉しいのに、苦しくて、悔しくて、涙が滲んで、視界が歪む。
 好意も素直に受け取れない自分が惨めで、せめて俺はモルジアナから手を離そうとした。

 どうすればいいかわからないんだ。
 俺は、きっとモルジアナの好意を受け取ることはできない。でも、一人にされるのは怖くて嫌だから、きっと一緒にいてくれって言うんだ。なんだよ、これ。自分でも言おうとしていることも、やろうとしていることも支離滅裂じゃないか。

「っ!」

 離れかけた手が掴まれる。立ちあがったモルジアナが、その手を強く引いて俺を抱き寄せた。
 抱きしめられて、腕の中が温かくて、涙がこらえきれなくなる。

「それでも、私はアリババさんが好きです。私の方こそ、あなたを守れなくて……ごめんなさい」

――違う! モルジアナは悪くない。悪くないんだ……。

 そう言いたいのに、言葉は勝手に流れ出した嗚咽にかき消された。






「……ごめん」

 ひとしきり泣いた後、俺が呟いた言葉はお世辞にも気が利いたものとは思えなかった。
 顔を上げれば、モルジアナは優しく微笑んで、俺の頭を撫でていた。
 年下にあやされて宥められているようじゃ、年上の貫録なんてものはどこにもない。

「今は無理かもしれませんが、いつかは私の気持ちに答えてもらいます」

 さらりと告げられた言葉に、顔が熱くなる。
 
「だって、アリババさんも私のことが好きなんでしょう。だったら、焦る必要はありませんから」
「っ! そ、そんなに恥ずかしいことを堂々と言う奴だったっけ、お前」

 雰囲気変わった? と聞けば、はぐらかすように笑われた。





「これからもずっと、私はあなたを守りますから」

 





 今の俺には、この数日間のことがまったく整理がつかない。
 いっそ全部夢だったらいいのに、とも思うし、夢のような、いや、悪夢のような現実味を持たない日々だったような気もしてしまう。
 俺にとってどうゆう意味を持っているのか、モルジアナにとってどんな意味をもってしまったのか。
 それすら、わからない。

 でも、俺達はまだまだこれからも旅をするんだ。
 後で振り返って、この数日間の出来事を思い返して――。



 そしたら、またこの数日間を、違う目で俺は見るのかもしれない。

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