小説 | ナノ


  YOBAI


 外遊先にバルバッドを一番に選んだのは、重要視している同盟国という理由だけじゃない。そのやや我儘じみたもう一つの理由は決して口にすることはないが、気のおけない家族には察している者もいるだろう。
 あえて言及されることはないが、「バルバッドの方々によろしくね」と微笑んだ姉の生温かい視線は、俺の矮小な欲を見透かしているようでぞっとした。「バルバッドなら私も行きたいわよぅ」と零した義姉には、「遊びで行くんじゃないのですから」とたしなめる様に言って同行を断念させた。
――付いてこられてたまるか。
 と内心思っていたことは秘密だ。義姉には悪いが義姉が来ると何より俺とアリババ殿が会話する機会は確実に減ってしまうのだから、それだけは避けたかった。多少胸中では詫びを入れながら、なんとしてもと手をつくし同行を諦めさせた。他にもバルバッドのアラジン殿と話をしたいとか言いだす義兄達もいたが、それも義姉と同様に諦めさせた。最後には「外交しに行くんですから、それだったら慰安旅行先をバルバッドにすればいいでしょうっ!!」と俺が叫んだことで断念した後もつらつらと不満を述べていた面々も納得したらしい。
 と、俺がバルバッドに旅立つのにも大変な苦労があった訳だ。

――それなのに! だ!!
 ここに来るまでの苦労がすぐに報われるかと思えばそうではなかった。簡単に運命は俺には微笑んでくれなどしなかった。
 国防や交易の制度についての会談が無事終わった後、少しでも話せるかと思って腰を上げた時だ。会談が終わると同時に高官がすぐにアリババ殿に声をかけた。何やら急ぎの用事なのか話している。
「そうかわかった」
 二つ返事で頷いたアリババ殿が神妙な表情で俺を振り返る。それと同時にしたのは嫌な予感だ。
「遠路はるばるお越し頂いたのに申し訳ない、白龍殿。急ぎの用が入ってしまったので、宮内の案内はこの高官が私に代わり行います。オルバ」
「はい」
「すまないが白龍殿を客室まで案内してくれるか」
「承りました」
 と、その紹介された高官が顔を上げた。その一瞬だった。確かに小馬鹿にしたようにそいつは俺を見た。ザマーミロとでも言いたそうに僅かに口元を歪めて。すぐにその表情は消えた。アリババ殿へ顔を向けている時は真面目か笑顔を向けているが、明らかにこいつは俺とアリババ殿の会話を邪魔をするためにアリババ殿に声をかけた。
 本当は急用でもなんでもないんじゃないか…と恨みがましく睨めば、オルバは口元をそっと隠して哂った目元で会釈してくる。前に一悶着あった後からこいつと会うとこんな感じだ。いきなり切りかかってくることは無くなったがイチイチこっちの勘に障ることばかりしてきやがる。
「よろしくお願いします。白龍皇帝陛下」
「よろしく頼む」
 表面上の言葉など気にならないくらい視線で火花が散っているようだった。


――短くても良い。どうにかしてアリババ殿と話す機会は得られないか。
 そんなことを考えながら歩いている内に客室と思しき場所に辿りついた。重厚な木製の扉を開けば、色調が抑えられているものの質が高く品のある調度品の数々が出迎えてくれた。
「こちらが陛下の部屋になります。会食の際には案内の者がお声をかけに参ります。それまでの御時間は宮内をご自由に過ごされて構いません」
 王という職務は多忙だ。この様子だと会食までアリババ殿と話す機会を得ることはむずかしいだろう。少なくとも目の前のこいつが邪魔をしてくるはずだ。
「わかった。好きにさせてもらう」
「それでは、ごゆるりとお過ごしくださいませ」
 会釈をして出て行った高官の俺はやりとげたぜ的な表情がなんとも腹立たしい。近況をできれば尋ねたかったがオルバが俺に対して素直に話すとも思えない。こいつは絶対いつか殺すと心に決めてさっさと見送った。


 会食の時間まで随分と時間があった。旧知の面々を探すことも考えたが、どちらにしろ会食の時には顔をあわすはずだ。探す方が手間であるし、相手の仕事を邪魔しかねない。となれば、どうにかして時間を潰すしかないはずだ。
 そうと決まれば俺には行ってみたい場所があった。このバルバッドで、できれば一人で訪れたい場所が。

 高原の花咲く丘に作られた慰霊碑を前に俺は佇んでいた。以前一度だけ、アリババ殿が案内してくれた親友の墓標。内乱の中で犠牲になった多くの人々と共に彼が以前俺に話してくれた人がここに眠っているのだと聞いた。
 アリババ殿は詳しく話をすることはなかったが、アラジン殿やモルジアナ殿がそれとなく彼のことを話してくれた。それと、アリババ殿が彼を俺に重ねてみていた、ということも。
 その事実は複雑な感情をもたらした。この感情は未だに言葉にすることもできず胸の内で燻っている。それでも、その事実が示すただ一つのこと。それだけには思い当たった。会ったこともない俺が彼に関してただ一つ、わかること。
「奇妙な縁ですね。おそらくあなたがいなかったら今の俺はない」
 今はその墓標を前に静かに手を合わせた。


 王宮を抜け出して墓参りを済ませて戻ればすぐに会食の時間だった。


 会食では馴染みの面々に再会することができた。モルジアナ殿にアラジン殿。一見すると面影がわからなくなっているが大聖母の面々もアリババ殿に付き従ったのか会食の場にいた。後者に関しては明らかに俺を避けているが、それも仕方のないことだろう。
 この会食の良いところは一定時間の食事をした後、立ち回れるということだろうか。これならアリババ殿と二人で話をしても不審には思われまい。その時にちょっとでも、夜に会えないか、と聞くことは悪くはないはずだ。耳の良いモルジアナ殿には聞かれてしまうかもしれないが、この際かまってなどいられない。
「アリババ殿」
 名前を呼び、そっと耳元で囁いた。今晩はどうですか。と小さな声で。
 意を決して紡いだ言葉。非公式とはいえ互いを恋人だと自覚しているのだから、快い返事が返ってくるものと俺は思いこんでいた。
「……あー。今日か……。今日はその…ちょっと先約があって……」
 水を濁したようにどこか気まずそうに紡がれた返事に俺がどれだけショックを受けたのかこの人は気づいていないのだろう。気まずそうに返事をしながら――アリババ殿の逸らした視線の先にあのオルバがいることを俺はしっかりと気づいていたのだから。
「そう……ですか」
 その先約はオルバとですか? と思わず問いつめたくなる感情を押しとどめる。ついでに、俺が来るとわかっている日にわざわざそんな予定入れなくてもいいじゃないですか!? なんて子供じみた言葉まで頭の中で駆け巡っている。
 もしかしたら船の長旅を気遣ってくれたのかもしれない。早朝に船が着いてから午前中は荷物を部屋に運び、ずっと会議をしていたから普通は疲れて休みたいと思うだろう。……気遣ってくれたならむしろ夜を一緒に過ごしてくれた方が俺は元気になるのだけれど。
「あっ! で、でも、ちゃんと居る間に時間は調整するからな!」
「……今日予定が入ってしまっているのは仕方がないですね。それではまた明日伺ってもよろしいですか」
「おう! 頼む!!」
 元気がよい返事を聞いた後でも、俺の中に渦巻き始めた嫌な予感は収まりそうにもなかった。


 その予感はある意味的中することになる。


 国の高官達と今後の交渉の方向性と予定を確認しあいその日の債務はすべて終わった。久しぶりのバルバッドの夜景でも眺めるかと一人歩いて俺は見てしまったのだ。
 王宮の裏口からこっそりと入ってくるこの国の王と高官の姿を。
「やっぱりあの子可愛かったっすねー」
「新人の子も可愛かったぞ〜」
 酒に酔った様子でへらへらと笑いながら帰ってくる姿を。

 頭の隅っこでプチッと音が聞こえた気がした。

 思考が停止して呆然とその姿をしばらく見ていた。その間に向こうが俺に気づいた様子もなくコソコソと足早に自分達の寝室へと戻っていく。
 俺がようやく動こうという気持ちになったのはアリババ殿達の姿が見えなくなってしばらくたった頃だった。冷たい夜風とは対照的に俺の胸の内はふつふつと煮えたぎり始めていた。
 アリババ殿も男ですし、夜の街で発散することは必要でしょう。
 努めて冷静に、冷静にアリババ殿の行為を肯定的にとらえようと俺は考えた。俺だって女性を抱くことがない訳じゃない。世継ぎを作ることくらい皇帝としては当然の責務だから。そのことを以前話した時拗ねたようにふてくされていましたが、これはその当てつけですか? といっても随分前のことですよね、何年前でしたっけその話したの!?
 色々と思考を巡らせてアリババ殿を批判しないように気持ちをコントロールしたかったけれど、その努力は無駄だった。俺だってアリババ殿が夜の街に出かけることにある程度は理解を示すことはできる。
 けれど――――。
――でもそれって俺が来る時にやることですかっ!?
 俺がここに親族連れてこないで一人で来るのに苦労して、オルバには嫌味な応対されてムカついて、他にも色々と溜まっているっていうのに、そうゆうことしますかそうですか。
 自分でも目が据わってきているのはなんとなく感じた。

――……思い知らせてあげますよ。

 アリババ殿が全部悪いんだ。どう考えたってアリババ殿が悪い。遠方の恋人が尋ねてきたって言うのに誘いを断るどころか、誘いを断ってまで俺を嫌っている奴と夜の街に行くってそれどーなんですか。俺のことはもうどうでもいいんですか? 遠くにいるから会えないからもう情もなくなりましたか? それだったら面と向かって言ってくださいよっ!! いや、別れ話なんか切り出させてなるものか。その前に俺の誘いを断って遊びに行った落とし前くらいとってもらわないと困りますよ、こっちはあんたと違って随分溜まっているんですから。俺の苦労も知らないで。そーですよ俺は悪くない。たとえ足音を殺して、ザガンの能力使って窓からお邪魔をしたとしても俺は悪くないですからね!!



「……はく、りゅう? ……こんばんわ」
 相手の姿を認めて紡いだ第一声は随分と間抜けだった。
 気付けばベッドの上で組み敷かれていた――というのは王として注意散漫過ぎるものだと思う。たとえ酒が入っていたとしても、そのまま寝首を掻かれてしまうことがあるのだから。
――いや、気付いたには気付いたんだよ。枕下の短刀に手を伸ばすことも考えた。
 でも、その前に――俺を組み敷いているのが白龍だと気付いたから、俺はすっかり固まってしまったのだ。
「夜分遅くすみませんアリババ殿」
 あくまで静かに普段と変わらぬ様子でしかし、その目は冷静に俺を観察するようにとても静かだった。白龍のこうした表情にはすごく見覚えがある。つまり、怒っている時だ。
――怒っている? 明らかに怒っているよね、うん。……もしかして見られたのだろうか……。
 背筋をつーっと冷や汗が流れていく。白龍からの誘いを断って街に行ったことがバレたんだろうか。いやいや、あれは最後こそあーなったものの目的はちゃんとあったんだ。うん、やましいことは何もない。いやちょっとあったけど。でも出かけた所を見られたとは限らないんだから、ここは堂々としておくのがいいだろう。
「へ? あ? え、えーっと最近……ご無沙汰だったから?」
 ただ、その一言は明らかに火に油を注いだだけになった。暗闇の中で白龍の目が光ったような錯覚さえ感じる。
「最近ご無沙汰だったから? じゃあないでしょう? 違うでしょうそうじゃないでしょう。久しぶりの来訪で俺が訪れたっていうのにアンタときたらその日の晩は街に遊びに出かけますし俺がどれだけ恋いこがれてたなんて知らないんでしょう!?」
「げぇっ!」
 見られてた!? やっぱり見られてたのか!? なんて誤魔化せばいいっ!?
「あ、いやだって、お前ずっと仏頂面だったじゃ……」
 断った瞬間落ち込んだのはちょっと気付いていたけれど、それ以外は特にそんな表情なんて見せてなかったよねっ!?
 そんな気持ちを込めて答えた訳だけれど、さらに油を注いだ結果になったみたいだ。
「仕事中に何を言っているんですかっ!? 仕事だって言うのにヘラヘラと笑っている王族なんてアリババ殿くらいですよっ! 君主は感情を表に出しちゃいけないんですっ!!」
 白龍の口調は激しくなって勢いも増している。ついでにその手が俺の寝巻の隙間から忍び込んできている。
「あなたはさぞかし夜の街でお愉しみだったんでしょうねぇ〜〜こんなにもニヤけた顔で帰ってきて。廊下であなたを見かけた時、俺がどう感じたかわかります? ええ、思いましたよ。後で思い知らせてやるから待ってろって……」
「え、ちょ、まっ!!!」
 制止の言葉を防ぐように唇を塞がれた。閉じた唇を割って熱い舌が口内に潜り込んでくる。
――詰んだ。
 こうなった白龍は聞く耳持ってくれないってこと、今までで嫌ってほど俺は理解していた。それに俺も――求められて嬉しくないはずがなかった。
 眼を閉じて口を開いて求めるように舌を伸ばせば、少しだけ勢いが穏やかになった様な気がした。



「俺だって……。お前に会えるの楽しみに……してたんだぞ…………」
 息も絶え絶えにベッドに沈んでいるアリババ殿がそうこぼす。俺の抱えていた苛立ちなど単純な物で、彼を抱いて俺の名を呼びながら善がる姿を見てしまえばある程度発散されてしまった。そんな俺の心情も知らないのか弁明のように彼は言葉を紡ぐ。その姿が愛しくないと言えば嘘だろう。
 なんと返事をしようか考えあぐねいていると頬に熱いままの彼の手が触れた。剣ダコもあってゴツゴツしている大きな手。暗いなか表情をよく見れば拗ねた口調と裏腹に彼は笑っていた。
「なに心配してんだよ、バーカ」
 その表情だけで自分の心配がほとんど杞憂だとわかってしまう。何故か自分の方が負けた気分になってしまう。この人には敵わないな……と。
「……すみません。あなたが彼と帰ってくる姿を見て、どうしても心穏やかではいられなくなって……」
「え? 何? お前、もしかしてやきもち焼いてたの!? 俺がオルバと? んなことある訳ねーじゃん!」
――あなたが気付いていないだけだと思いますがね。
 少なくともアリババにその気はないのだとさえわかれば今は良い。
「へー。白龍がやきもちをねぇ。へー」
「なんですか」
「いや、皇帝陛下にも可愛い所もあるんだな〜〜って、ニヤニヤしてるだけ」
「俺だって人間ですよ。やきもちくらい焼きます」
 遠方にいるならなおさらだ。自分以外の誰かと懇意にしている姿を見ただけで心がかき乱されるんですよ、俺は。
 笑われるのが悔しくて思わず寝がえりをうって顔を背けた。その一瞬だった。
「……ちょっと嬉しい」
 聞き間違えではないだろうか。とても小さな声だった。寝台の軋む音の間に聞こえた小さな言葉。
「………………いま、なんと?」
「二度は言わねえっ!」
「言って下さいよっ!!」
 その一言をもう一度聞けるだけでこれからの不安なんて跳んでいくんですからっ!
 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、断固としてアリババ殿はニヤけた顔のまま、決して同じ言葉を紡がなかった。
 

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