小説 | ナノ


  繋がれた鎖の行く先


――今日は遅くなったなぁ。道も暗いし早く帰ろう。

 そう思って帰り道をアリババは急いでいた。朝には雨が降っていたから歩きで帰っていると、思った以上に回りは暗くなっていた。街灯が少ない道だと暗闇に心許なくなる。人もいない。
 細い路地の曲がり角を曲がった時だった。目の前に人がいてぶつかりそうになって慌てて立ち止まった。

「わっ! すいません!」

 咄嗟に止まれてぶつからなくて良かったとアリババはほっと息を吐き出した。そこにいた男をいちべつして軽く会釈をしてアリババはすぐに立ち去ろうとした。その目の前に刃物が差し出されるまでは。
 街灯の光を反射する鉛色のものが何かなんて考えるまでもない。この時になってようやく、アリババは相手の顔をよく見た。さっきは俯きがちだった顔が今はあげられている。一番目を引いたのは相手の顔の左半分を覆う火傷の跡、ついでは左右で違う色に見える青い瞳だった。髪の色はは黒髪だろうか、暗くてよくわからない。

「静かにしないと殺しますよ」

 地を這うように押し殺された低い声。男に脅されアリババはゆっくりと頷いた。

――刃物が使われた事件とかがあった後、学校で友達と話したっけ。刃物を突き付けられてもすぐに逃げりゃ平気なんじゃねーの。なんでみんな刺されるんだろうな。とか。俺もそういった意見にうんうんって頷いてた。

 少し前の教室の風景をアリババは思い出していた。

――それなのに実際に突き付けられると逃げるどころか足が震えて動けねぇなんて。

 背中に押し当てられている冷たい刃の感触に冷や汗がアリババの背を流れている。

「そこを右に、次の路地を左に」

 後ろにいる男の言われるがままに歩いていく。背中に突き付けられている刃物は歩いている間もぴったりとくっついて離れない。不運なことにアリババ達は誰ともすれ違わなかった。大通りから外れた街灯の少ない薄暗い道は住宅路ですらない。そんな道を夜遅く好んで歩く人はそういなかった。アリババだって学校からの最短ルートじゃなかったら、わざわざこんな道をあえて通らないだろう。助けを求めるように終始人を求めアリババは視線を左右に走らせていたが、そんな願いも空しくある大きな家の前に着いた。



 連れ込まれた家のリビングで言われるがままにアリババは椅子に座らせられた。
 そして、ガチャリと音をたてて後ろに回された両手に手錠がはめられた。いよいよ終わりだとアリババは天を仰いだ。

――俺の身代金でも親に請求されんのかな。でもうちに金はねぇし…。

 目の前の男から外れていた意識は音をたてて破られたTシャツで現実に引き戻された。唐突に上半身を裸に剥かれて嫌な予感が増した。

「なに、を……?」

 辛うじて絞り出した声はすぐに静かになった。肌に直接触れる冷たい金属。震えのあまり刃が肌に食い込まないか、アリババの視線は刃の腹が自分の胸に押し当てられるのにくぎ付けになっていた。

「ねぇ」

 かけられた言葉にびくりと身体が震える。けれど、刃が気になって顔を上げることはできなかった。

「ねぇ、顔を上げてくれませんか」
「……っぁ」

 動かされた刃の腹にすりつぶすように胸の粒が潰されて体に痛みと甘い痺れのようなものが走った。言われるままに刃物からなんとか視線を外して顔を上げる。電灯の下で見た火傷の男が淀んだ瞳で俺を見ていた。

「ねぇ、気持ちいいことしましょう?」
「気持ち、良いこと……?」

――何を言っているんだ、こいつ。

 アリババは男の顔を眺めた。最初は火傷の痕に気を取られて気付かなかったけれど、端正な顔をした男だった。
 オウム返しにアリババが尋ねれば、ゆっくりと男は頷いて刃の腹でこねるように胸の粒を擦り、空いている片方の胸も指でつまむ。キモチイイというよりも痛くて身をひねりたいけど、胸に当てられている刃物が怖くてそれもできない。

「い、やだっ」

 絞り出した声に男の手も止まる。その様子に一瞬やめてくれるんじゃないかという淡い期待がアリババの脳裏に浮かんだ。

「あ、あの。俺男だし、そんなに気持ち良くなんかならないって思います」

 震える声音で黙り切ってしまった男に弁明する。期待があったからか言葉はすらすらと流れ出た。
 肌から刃物が離れていく感覚にほっと息を吐いた。男が無言でアリババから離れて、机の上にそのナイフをしまう。もしかしたら解放されるのかもしれない。そんな淡い期待は戻ってきた男に押し倒され、首筋に落とされた唇に強く吸われた瞬間消えた。

「本当に、気持ち良くならないと思いますか?」

 そう男はアリババに囁く。

「え、だって……」
「あなたが知らないだけですよ」

 アリババの希望を一言で男は遮った。そして、何を思いついたのか口元に笑みを浮かべる。

「それなら賭けをしませんか?」
「……賭け?」
「そうです。もし、あなたがこれからの俺の愛撫に甘い声を一度も上げないのならすぐにでも解放してあげます。ここから逃げて、警察に通報でも何でも好きにすればいい」

 何がそんなに愉快なのだろうか。楽しそうに話す男にアリババは眉をひそめた。

「その代わり、もしあなたが俺の愛撫で快楽に酔いしれたならあなたはここに残って俺と生活するんです。……どうですか?」

 さっきまでのだんまりから想像できないほど流暢に話す男の提案にアリババは黙り込んだ。アリババには少なくとも男の手で気持ち良くなることなんかできないと思っていた。それに、アリババがどんなに拒もうと男にはアリババを解放する様子などない。それならどれだけ歩があるのかわからなくても可能性にかけるくらいはやってもいいんじゃないかとアリババは考えた。

「……声を出さなきゃ解放してくれるんだな」
「言葉に偽りはありませんよ。あなたも条件はわかってますか? 俺と一緒に暮らす。鍵が開いていてもここから逃げない。俺の要求に答える。それを約束するんです」
「……わかった」

 頷くアリババを前に白龍は微笑んだ。

「でも、俺から条件がある。時間だ。ゲームに制限時間がないってのは不公平だろ」
「それなら1時間はどうですか」

――一時間か。

 掲示された時間にアリババは思案した。その時間が長いのか短いのかもアリババには分からない。
 けれども、一時間だ。それだけ我慢すれば解放されるという条件は、他に具体的な解決策を見いだせないアリババにとっては魅力的に映った。相手も通報されるリスクは負っている。

 そして、アリババは頷いた。





 上を向かされて落とされた口付けにアリババが抗わなかったのは、この賭けが耐えるものだと勘違いしていたからだった。
 一時間、その間にアリババは男に抗っても良かったのだ。暴れても拒んでも問題はない。そうしてはいけないというルールは決められていないのだから。
 抗ってはいけない。その思い込みがある意味アリババの運命を決定付けた要因であり、またその様子が男を余計に煽っていた。嫌悪に顔をしかめながらも従順に耐える様子は男の嗜虐心を刺激していた。口付けで息が苦しくなってもアリババは耐え、その口内を男に存分になぶられていた。歯列をなぞった舌が奥へと伸びてきて奥で縮んでいた舌を捕らえられる。吸われる。甘く噛まれる。
 アリババにとって与えられる感覚は全て新しいものだった。 息苦しさとその刺激に頭が熱く、体も熱を帯びつつあった。刺激と熱に溺れそうになりながら、 アリババただ感じるな、声を出すなと必死にただそれだけを考えていた。 不意に解放されて喘ぎながらアリババは空気を求めた。今の自分が頬を紅潮させて、瞳が情欲を宿すように暗く淀んでいることをアリババは知らない。

「可愛らしいですね」

 男は心底そう思っていた。柔らかい金の髪をすいて、その頬に手を寄せて囁く。
 男の言葉を否定したくても声を出してはいけないと先程から自分に言い聞かせていたアリババは少しだけ息が整うと奥歯を噛み締めて口を引き結んだ。男の愛撫が首筋から胸元に滑る間もアリババは体を震わせ鼻から抜ける息が荒くなっても、声だけは出さないよう耐えていた。
 いくら我慢していても体は確実に熱を帯びてきている。その証拠にアリババは熱が溜まり重くなっていく腰を否応なしに感じていた。

――なんで、どうして。

 男にいいようにされて熱くなっていく体にアリババは焦っていた。快楽を得始めていることに背徳を感じ、その心にかけた戒めが自ら熱を煽っていることに気付いてもいない。男がアリババの太股を付け根に向かって撫で上げる。頭を上げた自身に触れるか触れないかという際どい部分を、男は焦らすように撫でた。耐えきれず揺れ始めたアリババの腰に男は笑った。

「どうして欲しいのか言われないとわかりません」

 アリババの痴態を指摘するように内股を撫でながら、金色の瞳を覗きこみ哂う。

――どうして欲しいかなんて…そんなの…。手錠を外して…解放してほしいに…決まっている…。

 その筈だとアリババは自分に言い聞かせた。それなのにもどかしくなる熱に浮かされて、男の手に自身を擦り付けようと身体が勝手に揺れる。矛盾している自分の行動にあがる熱に目尻から涙が溢れた。
 アリババは視界の端に写った時間に目を止めて目を見開いた。まだ半刻も経っていなかった。

「ねぇあなたのして欲しいこと、言ってください」

 汗ばんだ首筋を強く吸われて喉が仰け反った。もう一度催促された。

「答えて下さいアリババ殿」

 初めて呼ばれた名前に一瞬アリババの時間が止まった。

「なん、で……俺の、名前……」

 固く結んでいた口が開かれた。相手が自分のことを知っているなんてアリババは思ってもいなかったから。

「ずっと、あなたを見てましたから」

 アリババの緩んだ口元に男はほくそ笑み手を下へと伸ばした。

「んぁっ! ア―――――ッ!」

 待ち望んだ刺激にアリババは身をのけぞらせ、甘い嬌声があがった。

「愛らしい方だとずっと見ていたんですよ」

 アリババ自身に手を絡め翻弄しながら男は続けた。

「明るい笑顔も太陽のように輝いているその髪も瞳もどうしたら俺に向けてくれるだろう。どうしたらあなたを手に入れられるだろう…って」
「は…っぁ、…ぅあっ!」
「あなたのこんな顔もみたいと思ってた」

 はちきれそうなほどたちあがったそれの先端の孔に男が爪をたてた。背を弓なりに反らしてアリババは声をあげた。甘い甘い嬌声を。

「賭けは覚えてますよね」

 達っし息も絶え絶えになっているアリババの腹を撫でながら男は囁いた。腹の上に飛び散った白濁を薄く伸ばして口元を歪めていた。

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