小説 | ナノ


  映画のあとに


「お、終わったなぁ白龍〜〜。い、いやぁまさかあんなシーンがあるなんてなぁ……」
 隣で同じようにテレビを見ているはずの白龍に俺は視線を向けることがどうにもできなかった。
 テレビに映っているのはメニュー画面。映画がエンドロールまで流れほうっておいたら勝手に戻った。それも数分前のことだ。それから俺と白龍は動けずにいる。
――マズイ映画だった。色んな意味で。
 俺もなんというか俺自身のこともあるからなんとなく白龍が動けない理由だってわかるんだけど……。できれば、先に動いてこの部屋から出て欲しい。正直ちょっと動くだけでもヤバいと思う。
 ふざけた振りしてようやく話せば、隣で動けずにいた白龍が少しだけ身体を揺らした。
――よしそうだ! お前も同意して下らないことだったと鼻で笑ってくれ。
 そして先にここから出てくれれば俺も何とか自分のことを処理できるっ! しかし俺がそんな願望を持っていたとしても世の中って上手くいくことって本当に少ないんだよな……。
「あんたが……借りてきたんですよね、コレ」
 地を這う様な低い、声だった。思わず人を呪ってそうなその声音に身がすくむ。ちなみに怖くてちょっと顔を向けることは未だに出来ていない。
「あ、ああ……」
 白龍の言い分はその通りでその点に関しては俺は申し開きできない。
 確かにR指定ってよく読んでなかったと思うけど、武侠映画ならそっちのRはエロじゃなくて残酷描写だと思うだろっ!? なんで多いんだよ、濡れ場シーンっ!!!
 ラストにまで続いた濡れ場を恨めしく思いながら、どう言い訳したものかを思案する。そして、ふと気付いた。
 白龍とつるむようになってそろそろ一年ぐらいだけど、その中でわかったことが一つある。白龍がムカついたりプツンってキレた時に俺のことを、『あんた』って呼ぶことが多いことを。
――そういや、さっき言ってたよな……。
 白龍が相当頭に来ていることを思い描いて血の気が引いた。
 今までの経験から言えば、キレた白龍は何を言い出すかも、何をし出すかも想像が出来ない。
「知ってたんですか。あんなシーンがあるなんて」
「い、いやぁ……その俺レビューとかあんま読まない方でさぁ……」
「つまり。アリババ殿はよくパッケージも読みもせず、借りてきた、と」
「う、うん……。その……悪かったな?」
「何が、どう、悪かったと言うんですか」
「それは、その……つ、つまんなかった?んじゃねぇ……の?」
 疑問符がつくぎこちない返答になったのは、物語自体はそれなりに面白かったからだ。濡れ場が多過ぎることを除けば。あと、悪かったと思っているのは今の俺の現状。濡れ場シーンばっかで勃ったのは本当に不可抗力。ちらりと横に視線をようやく俺は動かした。
「アリババ殿」
 名前をまた低い声で呼ばれる。顔を動かしてこちらを見据えてくる。
「な、なんだよ……]
 出来れば下半身の状況にだけは気付いて欲しくないなという期待と同時に、思った以上に冷静な白龍の顔を見て、あれ? こいつは平気なの? と、口にはできない疑問が浮かぶ。
「先程から苦しそうにして動かないのは誘っているんですか?」
「…………は?」
 一瞬、思考が止まった。
――は? え? 今なんて言った? 誘う??
「性質の悪い冗談かと思いましたよ。あんたが俺にこの映画見ようって誘った時は。少なくとも俺はある程度の情報を確認してましたから」
――えーっと……こいつ、何を言っているんだ?
 性質の悪い冗談――というとこの映画のこと? 知ってた。でも、見たんだよな?
「それなりに面白いらしいのでアリババ殿が誘うのだから見てもいいかと思ったのですが、終わってからもずっとあなたは動かない。性質の悪い前情報だと馬鹿にしてましたが……」
「ちょ、ちょっと待てよっ!お前、何を言って……」
 先程までの沈黙が嘘のようだった。
 正直言って白龍が何を言っているのかさっぱりわからない。目を白黒させて言われた内容をなんとか整理しようってしていると、不意に影が落ちた。いつの間にか白龍はすくっと立ち上がってソファーに座ったままの俺の前に立っていた。
「こうゆうことですよ」
「ひぎっ!!!」
 急に伸びてきた手に股間を掴まれてみっともない悲鳴が口から洩れた。動くまい余計な刺激を与えまいと思っていたせいか、固まっていた体は見事に反応が遅れた。
「ほら? 勃っているじゃないですか」
 布越しに自身を握られ身体が竦む。しかも揉むようにぐりぐりと刺激を与えてくるっ!?
「あっちょ……やっ!」
 布越しではあっても掴まれ先端をするように刺激を与えられると、高い声が漏れるのが止められなかった。白龍の手を止めようと、その腕を掴んでも下から与えられる刺激に指先に力が入らない。
「は、はくりゅっ! やっ…やめっ…アアッ!!」
 吐く息が熱く快楽に身が悶える。
 刺激を受けて半勃ちくらいだったはずの自身が熱を孕み大きくなっているのが自分でもよくわかった。同時に俺が身体を震わせて快楽に溺れつつあることも。
「嫌がっているようには見えませんよ」
 酷く冷静な声が熱に犯され始めた頭に響いてくる。ぐっと自身が強く握りこまれた。
「……ッアアッ!!!」
 声を噛み殺そうとはした。けれども頭が白んだと思った瞬間、甲高い女のような嬌声が部屋に響く。自分の声とは、信じられなかった。射精感と共にズボンにしみが広がっていく。濡れた感触が不快だ。果てた身体は力が抜け、ソファーへと重く沈みこんだ。
「これで終わり、じゃないでしょう??」
 そのソファーの上にゆっくりと白龍がかぶさってくる。
――なんだよ、なんだよコレ。
 首を横に振った。これ以上何をされるのかがわからなくて、怖い――。ソファーに手をついて身を起こそうとする。けれども、それを遮るように上から自重をかけられた。ソファーに一層深く沈みこむ。
「逃げないでください。どうか――逃げないで」
――なんでお前が苦しそうな顔をしているんだよ。
 見上げて白龍がどこか苦しそうに笑っている。なんでそんな顔をしているんだよ。
 かちゃかちゃとベルトを外す音が聞こえる。止めたいと思うのに自分でもこの状況が理解できなくて動けない。そんなつもりじゃなかった。やめよう。こんなことをしたら戻れなくなる。間違いなんだ。
 口にするべき言葉はいくらでもあったはずだ。それなのに落ちてきた唇に、口を塞がれて、息を貪るような口づけにその言葉は溶けていった。

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