《Before, it's too late.》
#01_キス以上、恋人未満:03



 赤本が、足元に落ちる。

 あちこちに付箋が貼られて、マーカーを引いて、たくさん書き込みもしてある、第一志望の大学の赤本。

 それを拾おうと二の腕から離した手は、逆に季一先輩に掴まれて。

 くい、と、引かれ、あたしは季一先輩の腕の中にいた。


「…ごめんなさい」


 最近、季一先輩はこういうことをする。

 あたしたちは“恋人のフリ”をするだけの関係、のはずなのに。


「待ちぼうけ代」


 夏休みが終わってからは、キスもするようになった。

 正確には、表向き“彼女”であるあたしが、季一先輩と一緒に夏祭りに行った帰り、から。


「ん――…っ」


 季一先輩はどうなのか知らないけれど、少なくともあたしにとってそれは、ファーストキスだった。

 季一先輩だから、驚きこそすれ、嫌じゃなかった。


 触れるだけのキスはいつも優しくて、胸の奥を、ジリジリと少しずつ焦がしていく。

 ともすると、勘違いして、季一先輩の首に腕を廻しそうになる。

 だから。


「ん、…っふ、」


 一瞬、唇が離れた隙に深く息を吸い込み、季一先輩のシャツをぎゅっと握ると、キスはおしまい。

 そして。


「可愛いなぁ」


 仕上げのように額に唇を触れて、あたしをきつく抱き締めてくれる。


 …季一先輩だって、年頃のオトコノコだし、やっぱり身近に女の子がいたら、そういう気分になっちゃうのかな。

 だとしたら、名前だけでも一応彼女のあたしは、それを受け止めなくちゃいけないのかもしれない。

 ――…キス以上、を、求められたとしても。


 “彼女のフリ”は、案外キツい。



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