《Before, it's too late.》 #01_キス以上、恋人未満:04 キスのあとは、なぜかいつも涙が滲む。 頭を抱えるようにして抱き締めてくれるから、あたしはいつも涙を見られずに済んでいた。 もしかしたら、季一先輩のことだから、判っててそうやって抱き締めてくれているのかもしれない。 季一先輩には、何でもお見通しな気がする。 キスのあと、少しだけ泣いてしまうことも。 あたしの、気持ちも。 そうだとしたら、季一先輩は残酷なんじゃないだろうか。 自分に想いを寄せている下級生を傍に置いて、思わせぶりに抱き締めたり、キスをしたり。 拒まないあたしがいけない? でも、拒むなんてできないもの。 あの日は、ひどい雨だった。 突然降り出したから、昇降口は傘のない生徒で溢れていて、 「キイチ、傘入っていきなよ」 「あたしの傘のが大きいって」 「や、マジで、大丈夫だから」 「風邪ひくよぉ? 雨止みそうにないしさ」 そんな中、あまりにも大きな甘ったるい声で“キイチ”を取り合う声がして、びっくりして振り返ったのを覚えている。 赤い傘とピンクの傘が牽制し合っていて、その真ん中に挟まれながら、引き攣った笑顔を隠さない、おそらく“キイチ”らしき人を。 あたしはわりと堂々と、凝視してしまったんじゃないかと思う。 でなければ、声のほうに振り返ったタイミングで“キイチ”と目が合うはずもない。 「――…っ、」 バチッ、と、音がしたような気もする。 そのくらい、しっかりはっきり、目が合った。 合わせてしまった視線を逸らせなかったのは、“キイチ”の正体が、入学してから密かに憧れていた、名前も知らない先輩だったからで。 先輩の名前“キイチ”っていうんだ、とか、やっぱりモテるんだなぁ、なんて思いながら、ぼんやり眺めていたのがいけなかった。 [*]prev | next[#] bookmark |