《Before, it's too late.》
#01_キス以上、恋人未満:02



「もうっ! 季一先、ぱ、」

「…やっとこっち向いた」


 きっとイジワルな笑みを浮かべているに違いない、と思い込み、きつく見上げたのに。


 どうして、季一先輩が泣きそうな顔、してるんですか。


 目を逸らすこともできず、あからさまに驚いた顔を向けたままでいると、


「このノート、置いてきたら帰れるんだろ? 中庭で待ってるから、早く行っておいで」

「…はい」


 有無を言わさず、放課後の時間を先輩に託す約束をさせられる。

 至極、優しい、穏やかな笑みで。


 先輩は、イジワルだ。

 あたしの気持ちなんて、とっくに気付いてるくせに。





 ――卒業まで、彼女のフリしてくんない?


 あの日、季一先輩は、はっきりとそう言った。

 あたしはそれに、頷いた。

 それだけの、関係。


 なのに。






 季一先輩と過ごすベンチは、中庭の桜の木の下にある。

 春になると、ベンチの周りが淡いピンクで一杯に染まり。

 夏は、枝が太陽を遮って、涼しい風を提供してくれた。

 きっと、校内で一番快適な場所なのに、ここに他の人がいるのを見たことがない。

 みんな季一と佐織ちゃんに遠慮してるんだよ、って、季一先輩のお友達の、夏目先輩は言ってたけど。



「――…季一先輩?」


 さっき廊下で声をかけられてから、そんなに時間は経っていないのに、


「…」


 すっかり角が丸くなった赤本を膝に乗せたまま、季一先輩はすぅすぅと寝息を立てている。

 寝不足なんだろうなぁ。

 受験生だもんね。


「季一先輩、風邪ひいちゃう。起きて」


 受験生が今この時期に風邪なんて、冗談じゃない。

 少し屈んで、季一先輩の二の腕を揺すって、声をかけた。


「季一先ぱ――」

「――…遅い」



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