《Before, it's too late.》
#02_フェイク:02



 季一先輩の予備校がある日には、放課後に約束をしないし、連絡がくることもない。

 休み時間も、季一先輩を見かけることはなかった。

 積極的に連絡を取り合う訳でもないから、学校を休んでいたとしても、知る術はない。


 約束のない日は、誰もいない教室のベランダから、放課後の校庭を歩いているかもしれない季一先輩の姿を探す。


 …いた。


 クラスメートと一緒に、楽しそうに笑いながら校庭を横切って行く。

 あんな顔、あたしの前ではしないなぁ。

 最近はいつも、泣きそうな笑顔ばかりだ。


「はぁ――…」


 ベランダの手摺りに腕を載せて、その上に頬っぺたを押し付ける。

 緩い風が吹いて、髪が顔を隠す。

 風に煽られた髪が、目の前に細かい斜線をたくさん入れる。

 おかげで、何も見えなくなった。

 あたし、きっと今、ひどい顔してる。


「…――佐織?」


 不意に呼ばれた声は、季一先輩のものではないけれど、もうすっかり耳に馴染んだものだった。


「何やってんの、風邪ひくぞ」


 近くなる声と足音。

 顔が髪で隠れたまま、あたしは身動きひとつしない。


「顔がどこ向いてんだか、判んねぇよ」


 直人の指があたしの前髪を掻き分けると、視界が開けて。

 避けた髪を耳たぶにかけた指は、頬をなぞる。


「こそこそ変な泣き方すんな」


 もう、季一先輩は校庭を出ただろうか。


「だっ…て、」


 息を吸えば、ひぅ、と、器官がおかしな音をたてる。

 それをごまかすように、手摺りに残していた腕に顔を伏せたけれど、そんな小細工は、直人に必要なかった。



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