《Love Songs》
#01_そして僕は途方に暮れる:4



「…これも、返すね」


 封筒の横にカチリと冷たい音をたてる、シルバーのそれ。

 ヘアピンひとつ、俺の部屋に私物を置こうとしなかったあいつが、唯一欲しがった、合鍵。


「もう、いらない?」

「そういう言い方、ズルい」

「じゃあ、何で、」


 いらないのは、鍵か、俺か。


「…だって、見つかったら、怪しまれちゃう」

「怪しまれなかったら、いいんだ?」


 俺が乱した髪を整える手を止めて、下唇を噛み締める顔が、鏡越しに見える。


「ホント、…ズルい」


 うん、知ってる。


 いつもこうやって、思わせぶりに振り回してきた。

 欲しくて欲しくてたまらないのに、俺が頷けばすぐ手に入るのに、そうしなかった。


 もう、お前は限界なんだろ?


 お前がもうじき身を寄せるあいつは、俺と違ってお前を優しく包むはず。

 あいつの腕の中で守られて、さっさと幸福になってくれよ。

 お前が悲しむようなことがあれば、ひとつ残らず拾ってくれるだろう。


 俺だって、もう限界なんだ。


「…そういう恰好、あいつの好み?」


 ピンクを着てるとこなんて、見たことなかった。

 あ、いや、違う…、な。


「そんなんじゃ、ないけど」


 あぁ、今、気付いた。

 そもそも、こいつの好みってどんなだ?

 いつもどんなの着てたっけ。

 俺はそんなことすら、気にかけちゃいなかった。


「鍵、置いてくの?」

「…」


 離れてやれない、って、判ってんだろ?

 俺が引き止めたりしない、って、判ってんだろ?


「あたし、結婚しちゃうよ?」




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