《Love Songs》
#01_そして僕は途方に暮れる:5



「結婚したって、お前はお前だし、俺は俺だ。何も変わんねぇよ」

「いいの?」

「お前が決めたことだろ」


 俺に何かを求めても無駄だ、って、お前が一番よく知ってるはずだけどな。

 でも――。


「俺が、もし、」


 ソファの背もたれ越しに、後ろから抱き締めた。

 首筋に顔を埋めると、ピクリと身を震わせる。


「結婚やめろ、って言っても、やめないだろ」


 廻した腕に指をかけて、そっと解かれてしまう。

 立ち上がって窓に向き合うお前に、俺は何を言えばいいんだよ。


「――帰る、ね」


 振り返った笑顔は、濡れていた。


 ヤベぇ。

 今になって、一度も優しくしてやれなかったことを後悔してしまう。


「おい、鍵――」


 小さく首を振って、またね、と言う。

 テーブルの上に置き去りにされた鍵を見つめていると、玄関のドアが閉まる音がした。



「参った――…」


 最後にあいつが立っていた窓に、ハートマークが描かれている。

 その隣で、最初に半分だけ描きかけていたハートマークは、水滴が垂れて、泣いていた。


 あいつが、ハートマークをふたつ描いたのは、今日が初めてで。

 助手席の窓を曇らせては、楽しそうに指を滑らす笑顔ばかりが、ぐるぐると巡っていた。



 そして、俺は途方に暮れる。








--------------------
A tribute to Yoshiyuki Ohsawa
“そして僕は途方に暮れる”

初掲 2008.11.14.
改訂 2010.07.06.


--------------------




- 6 -



[*]prev | next[#]
bookmark



book_top
page total: 62


Copyright(c)2007-2014 Yu Usui
All Rights Reserved.