《Love Songs》
#01_そして僕は途方に暮れる:2



 例えば、車に乗せると、窓ガラスに息を吹き掛けて、子供のように落書きをされる。


「跡残るからやめろ」

「いーじゃん」


 判っていてもやめさせたかった。

 それを見るのは辛かった。

 はぁっ、と、息を吹き掛けて助手席の窓を曇らせ、楽しそうに人差し指を滑らせる。


「ふふ」

「…お前なぁ」


 いつも描くのは、ハートマークひとつ。

 ゆっくりと結露した部分が蒸発して、消えてなくなる。


 それが、あいつの精一杯のアプローチだと気付いたのは、いつ頃だっただろう。

 助手席の窓には、何度も描かれては消えたハートマークの跡が、気持ちに応えない俺を責めるようにいくつも残っていた。








 ペールブルーの甘ったるい封筒が届いて数日後、あいつがひとりでウチを訪ねてきた。


「結婚前の娘さんが、男の一人暮らしの家に来るのは関心しないな」


 どういうつもりだよ。


「あたしもそう思う」


 にっこり笑って、窓の外を眺めている。

 今日は朝から雪が降っていて寒い。


「窓、描き放題だね」


 結露した窓に、当然のように手を伸ばすから、思わずその手を掴んでしまった。


「家にまで落書きすんな」

「…もう、描けないよ」


 窓に指を置いたまま、テーブルの上に置きっぱなしにしていた、ペールブルーの封筒に視線を落とす。


「やめろ、って、言ってくれないの?」

「だから、家にまで描くなって言っ――」

「――そうじゃなくて」




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