《桜、咲く》
#04_嵐の前の:04




 頬に手をあてて、涙を拭ってやる。

 鈴はされるままで、ときどき何か言いたげに俺に視線をよこす。


「……、なぁ、ポケットの、開けてい?」


 ほんの一瞬間を置いて目を閉じた鈴が頷くと、もう一滴雫が流れて、俺の手の甲を伝った。


 ポケットに押し込められたのは、小さな黒い箱。

 あしらわれたブルーのリボンには、白い筆記体の文字で、


 St. Valentine's Day――


 は、え、ちょっ、


「マ…、ジ、で?」


 微かな期待はうっすらしていたものの、現実となって存在されると、ドーパミンが放出しまくる。

 ブルーのリボンを解く前に、鈴を抱き寄せてしまった。


「すっげぇ、嬉しい」


 純金の不純物に勝ったし。


「…やっぱり開けちゃダメ」


 胸のあたりで声がする。

 視線だけ見下ろせば、泣き止んでるのが見てとれた。


「やーだね」


 抱き締めたまま、鈴の頭の後ろで箱のリボンを解いて。

 顔が緩むのが判る。

 箱の中には、薄暗い夜道に光る、青い点がふたつ。


 あぁ、これは――。


「超嬉しい。ありがと」


 つむじにキスをして、箱から青い粒を取り出した。

 今耳に付いている銀の輪は、用済みとばかりに外してポケットに放り込む。


「あの、あのね、同じなの」

「うん、気付いた」


 鈴の首の青と、俺の耳の青。


「…ケーキ、も、」

「うん、チョコの代わりだろ」


 つ、と、驚いた目を上げる。


「そりゃ、少しは期待してもいいのかな、って思ってたし」

「ホ、ント…、に?」

「欲しいのは、一個だけだよ」


 また、瞳が潤む。

 でも、笑ってる。


「お父さんと千裕くんにしか、あげたことないから、」


 小さな額を胸に押し付けて、腕の中で身じろいだ。

 サイドの髪の狭間から見える耳朶が、赤い。




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