《桜、咲く》
#04_嵐の前の:03




 いつも自己主張しない鈴が、行きたい店がある、と言った先は喫茶店だった。

 マスターには悪いけど、と、勧められるまま注文したのは、マスターお得意の、クラシックショコラ。

 お気に入りのお店なの、なんて花のような笑顔を見せられたら、たまったもんじゃない。


 ――が。

 その笑顔が、店を出るときに曇った。


「何か、怒ってる?」

「…怒ってない、けど、」

「けど?」

「だって、…お会計、しちゃうんだもん」


 拗ねた声で、ぽつりと言う。

 確かに、鈴が化粧室に立った間に、俺は会計を済ませた。

 でもそれはいつものことで、鈴に財布を出させたくない、ほんのちっぽけな男のプライドでしかなくて。


「…ダメだった?」

「今日は、あたしがしたかったの」


 拗ねているのに顔は赤く、それは恥ずかしがってるようにも見える。


 実は、鈴が機嫌を損ねた理由に、微かに心当たりがあった。

 世間はそんな賑わいを見せていたし、学校でも一日中あちこちが浮足立っていたし。

 鈴から俺に、――なんて、純金に混じる不純物より、遥かに確率が低い。

 それでも、鈴が『食べさせたかった』というのが、クラシック“ショコラ”だったから、俺を自意識過剰にさせた。


 俯せた視線を少しあげて、鈴はカバンから何かを取り出し、俺のコートのポケットに押し込む。


「恥ずかしいから、帰るまで見ないで」


 下唇をきゅっと噛み、そのまま走り去ろうとするところで、腕を捕えて阻んだ。


「何、どうしたよ。俺、気に障ることした?」


 身体を半分だけこっちに向けて、今にも泣き出しそうな顔を横に振る。


「ごめ…、ね? あたしの、わがままだから」


 アスファルトにポツリと、丸い染みが浮かんだ。


 やべ…。
 泣かすつもりなんてなかったのに。




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