小説 | ナノ


▼ つかまえた

 頭の弱そうなヤンキーの子を、捕まえて、家に連れて帰り、犯した。無理矢理だったと思う。嫌がって喚く彼を組み敷いて、穴に棒を突き入れて。動かして、揺さぶって、また動かして、中に思いっきり出して。
 正直言って、結構、かなり気持ち良かった。溜まっていたのもあるだろう。俺はベランダで煙草を吸いながら、そんなことをぼおっと考えていた。十月の空気はまだ、夏の空気をわずかに残していて生ぬるい。けれど肌を撫でる風は冷たくて、俺は思わずぶるりと肌を震わせた。

「なぁー! 服これしかねぇのー?」

 自室の部屋の中からは、先ほどまで身体を暴いていた少年の声が聞こえてくる。無理矢理犯された奴の声とは思えない能天気なその声に、何故か胸がどくんと音を立てた。
 俺はその心臓の音を無視すると、煙草の火を消し部屋の中に戻る。金髪の髪を濡らした彼は、俺のだぼだぼのスウェットを着て口を尖らせていた。

「文句あんの?」
「ねぇけどさー」

 一夜限りの関係なんだから、うるせえことは言わないでほしい。俺が冷たくそう言うと、彼は部屋の中心に置いてあるテーブルの側にちょこんと腰掛けた。

「テレビ点けていい?」
「いいけど」

 そう言うと、彼は机の上のリモコンを手にし、ボタンを操作する。テレビの中からは作り物の笑い声が聞こえてきた。こいつは本当、何を考えてんだ?無理矢理ヤられたのにあまりにも警戒心がない。俺は頭をぼりぼりかきながら溜息を吐くと、彼の隣に腰を下ろす。心の中にはモヤモヤと違和感が広がっていた。身体はスッキリしているのに、どこか、嫌な予感がする。胸がざわざわとうるさい。金髪の少年はこちらに目を向けると、にこりと口元に笑顔を貼りつけて笑った。

「オニーサンは、何で今日俺を襲ったワケ?」
「は?」

 空気が一瞬で冷えていく感覚がする。何って、そりゃあ。俺は小さく舌打ちをすると、彼と同じように口の端を持ち上げた。

「好きなんだよ。頭の弱そうな子を捕まえて、犯すのが」

 一夜限りの関係だから、何を知られたってもうどうでもいい。こいつとも、もう会うことはないだろうし。そう思うと、口が勝手に動いていた。

「そう、好きなんだよ俺は。所謂ヤンキーみたいな、世間を舐めてる頭の弱い子を捕まえて、無理矢理堕とすのが。いいだろ? 別に。最後にはいつも合意の上だ。痛い思いばかりさせてるわけじゃない。それに、制服を着ている子には手を出さないって決めてる。金が欲しいって言われれば払うし、同じ子には二度と手は出さない」
「.........」

 酒が少し入っているからか、聞かれてもいないことまでするすると口から言葉が零れ出る。『悪いか?』と笑うと、目の前の彼の瞳が、歪んだ。吊り上がった目が綺麗なカーブを描いている。心臓がどくんと跳ねる音がした。

「やっぱり、オニーサンは酷い男だな」

 部屋の温度がどんどんと下がっていく感覚がする。二人の間には張り詰めた空気が流れていた。沈黙が痛い。テレビから聞こえる笑い声が、今この空間にはひどく歪だった。手にじんわりと汗が滲んでいる。嫌な予感はどんどんと大きくなっていった。心臓が、うるさい。俺はふっと彼から視線を逸らした。

「お前には関係ねーだろ。もう二度会わねえし」

 少し震えていた声は、彼に気付かれていたのだろうか。少年の視線が痛い。焼け焦げるような熱い視線がこちらに向けられているのがわかる。少年はふぅと小さく息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。

「ははっ、二度と会わないって何?もうオニーサンは俺だけしか抱けねぇのに?」

 どくどくと心臓が音を立てる。胸の中に潜んでいた違和感が大きくなっていくのが感じられた。意味がわからない。彼はケラケラと壊れた人形のように笑っている。恐る恐る視線を向けると、彼のどろりとした瞳と視線が絡み合った。

「.........っ」

 背筋に冷たい何かが走る。少年の瞳と口元が、また綺麗なカーブを描くのが見えた。少年は身を乗り出すと、自身に迫ってくる。

「前からずっと、オニーサンのこと見てた。だけどオニーサン、俺みたいな子はタイプじゃないらしいから、頑張って、髪も金髪にして、口調も変えて、頑張ったんだよ、俺」

 執着と、嫉妬と、悲しみと、怒りと、それから独占欲。いろんな感情が彼の瞳からは読み取れる。ぐちゃぐちゃに混じった感情は言葉に乗って、彼の口からぼろぼろと溢れ出していた。口調が変わったが、今の彼が、きっとこの少年の素なのだろう。彼の瞳の奥は笑っていない。ぞくりと、全身の血の気が引いていくのがわかった。

「オニーサンに抱かれた人のことも調べたし、オニーサンのことも勿論調べた。ね?俺、何でも知ってるよ?名前住所生年月日は勿論、働いてる会社から家族構成、昨日食べたものまで全部知ってる」

 彼の顔が眼前に迫る。ヒュッと掠れた息が胸の奥底から漏れた。

「だからオニーサンはもう、俺だけしか抱けないの、ね? いいじゃん。俺がずっと側にいるよ」

 彼はとろけた瞳を歪ませ微笑むと、自身に触れるだけのキスをしてきた。冷たい唇。軽いリップ音を立て、それはすぐに離れていく。全身から、力が抜けていくような気がした。抵抗する気も起きない。ああ、俺は、捕まってしまったのだ。一夜だけ捕まえたつもりが、逆に捕らえられてしまった。目の前の、この少年に。そしてもう二度と、彼からは離れられない。
 少年は俺をゆっくりと押し倒すと、妖艶な笑みを浮かべる。点けっぱなしのテレビから聞こえるたくさんの笑い声が、どこか遠いものに感じられた。



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