▼ 言葉にしなきゃ伝わらない(番外編)
「真部さん...。」
「真部さんじゃないでしょ?」
「うっ...。」
最近お付き合いを始めた榎本洸くんは、なかなか俺の名前を呼んでくれない。
「ほらほら。」
「無理ですっていきなり...!」
「いけるってほら。」
さっきからこの問答をずっと続けている。男女のカップルじゃあるまいし、男同士名前を呼ぶくらいどうってことない気がするんだけど。
「あ!そろそろ俺帰りますね。」
時刻は夜の10時。
ほっとしたようにそう言って、彼は立ち上がった。泊まっていけばいいのに、彼は決して俺の家に泊まろうとはしない。
敬語が抜けない。
名前も呼んでくれない。
泊まってくれない。
最近はお店にも来てくれない。
これって付き合ってるって言えんの?
「はぁ。」
気付いたら口から大きな溜息が出ていた。鞄を担いだ彼の肩がビクッと跳ねる。
「ごめんなさい...。」
シンとした部屋に彼の謝罪の声が響く。
「何に謝ってんの?帰りたいなら帰れば?」
「ごめんなさい...。」
「だから何に謝ってんのかって聞いてんの。」
イライラする。
結局俺ばかりが君のことを好きだ。
俺ばかりが君といたい、近付きたいって思ってる。
「はぁ......もういい。帰って。あと、頭冷やしたいからしばらく来ないで。」
冷たく彼を見つめて呆れたようにそう言うと、彼の顔がだんだん赤くなって、そして目から大粒の涙がぽろぽろと溢れ出した。
「もしや泣けばいいって思ってる?」
動揺しているからか、口から出てくるのはキツイ一言。
「違う...よ......。嫌われたって思って。俺は真部さん大好きなのに、何も伝わらなくて悔しい。」
そう言って彼は目をゴシゴシと擦る。
何をやっているんだろう、俺は。
勝手に1人で不安になって、それを話そうともせずに当たって、結局彼を泣かせてしまった。
言葉にしなければ何も伝わらないのに。そんなの付き合う前に嫌という程学んだのに。
「ごめん......。」
立ち上がり、彼にふわりと抱きつく。
「俺も、泣いちゃってごめんなさい。」
「ううん。」
彼の腕が俺の身体にまわる。
「......もっと、俺たちは話をしよう。不安になる。洸が本当に俺のことを好きなのかとか。俺ばかりが洸のこと大好きなんじゃないかって。」
「それは俺もです。......満さん。」
「ねぇ、こっち向いて?」
彼の顔は、沸騰したかのように真っ赤だった。
愛おしい。
「大好きだよ。」
「俺もです。大好き。」
どちらともなく俺らは唇を重ね合わせた。
prev / next