▼ 珈琲屋のお客さん 3
あの土曜日から数週間が経った。
今まで俺のシフトの日にはほぼ毎日来ていたあいつが、あの土曜日から全く姿を見せない。自分のあの言葉のせいだというのはよくわかってる。でもどうしようもない。あいつが店に来てくれない限り、俺はあいつと会う機会がない。
あいつの最後に見せた泣きそうな傷ついた顔と、うちの店に来ていた時の笑顔が頭の中にチラついてどうも集中できない。もやもやする。
「そういえばー、最近あの金髪の子、真部くんがいない日にはよく来てるよー!」
先輩からその話を聞いたのは数日前。シフトを変わってもらったのが今日。
今日しかチャンスはないと思ったし、何より、俺以外の奴に尻尾振ってるあいつの話をもう聞きたくなかった。
「おはようございまーす。」
店に来ると、あいつは既にいて、何か課題らしきものに必死で取り組んでいた。
久々のあいつはやっぱり可愛い。たまにつく溜息も色っぽい。
見てるだけじゃ物足りなくなって、俺は水という口実を作ってあいつに接触をはかった。
「お疲れ様です。よかったらお水どうぞ。」
あいつが顔を上げる。
ハッとした顔をしたと思ったら、茹タコのように耳まで真っ赤になった。
何その反応。やばい可愛い。
「えっ、あ、あ、あっ、ありがとうございます...。」
上目遣いで顔を真っ赤にして俺に会えて嬉しいって顔でそんな見られたら、平常心を保ってられない。耐えろ俺の理性。
感情を必死で殺して営業スマイルでその場を後にする。
バーに戻って客を見ると、あいつは下を向いて小さく震えていた。
そんなに俺に会えて嬉しかったのかとるんるんで仕事を続けていると、客がカードに気付いたのか、バッとこっちを見てきた。
泣いたのか、ウサギみたいな真っ赤な目でこっちをじっと見つめてくる。その顔面を白い液体で汚してぐっちゃぐっちゃにしてぇ。
そんなやましいことを考えてニヤニヤした顔のまま内緒だよって口パクで伝えてやると、やつは一瞬とろけたような顔をした後、高速で荷物をまとめて店を出ていった。
あーー後で携帯を確認するのが楽しみでしょうがない。
あと2時間がんばるかー
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